08
祐樹の家に向かう途中、美音からマジ女の構図について様々なことを聞くことが出来た。
マジ女には代々受け継がれている3年生を中心とした四天王で構成されてる、通称「ラッパッパ」なるものが存在していた。その四天王に加え島崎遥香、通称「ソルト」は事実上マジ女ではトップに君臨している。ちなみに美音が所属する「チーム火鍋」は2年生の中ではそれなりの地位を持っていた。
「向井地さん達はそのラッパッパに挑んだりしないんですか?」
「じょ、冗談言うな! そんな気起こんねーくらい強えんだぞ!」
美音の取り乱した姿を見て、そんなに強いのかと祐樹は思った。ヤンキーであろうと女性である。ましてや17、18歳。ケンカの強さに大差などあるのだろうか?
道中、美音との会話を楽しんでいた祐樹だが自宅のアパートまで来ると周りの目が気になっていた。
アパートの他の住人は祐樹が教師であることを知っている。教師が幼顔の女子生徒を連れていたら確実に不審に思うだろう。
祐樹は人が居ないことを確認すると素早く部屋の鍵を開けた。
「向井地さんっ」
「そんなに気になんのかよ?」
必死で周りを確認する祐樹を見て美音は苦笑いを浮かべた。
「そりゃそうですよ、向井地さん制服着てるし」
私服ならともかく、学校の制服姿の女性と歩いていれば今から不純なことをしますよ、と周りに見せびらかしてるようなもの。
「先生って心配性だな。おじゃましますっと」
美音は敷居をピョンっと跳ぶように跨ぎ部屋に入った。
「意外と普通の部屋だね。」
部屋をキョロキョロ見渡していた美音はぼそっと呟く。
「えー、嫌味ですか?」
「そうじゃなくて、今まで男の部屋なんて入ったこと無かったから」
「そうなんですか? 意外でした」
「昔からヤンキーだったもん」
自分の目の前に居る少女は、みなみが言っていたように生娘かもしれない。そう思うと祐樹の心の中には邪な考えが少しずつ湧いていた。
祐樹は冷蔵庫から緑茶を取り出すとそれをコップに汲む。お客さんに出せるものと言えば緑茶くらいしか無かった。
「はい、向井地さん」
「ありがと」
テーブルの脚辺りの床にちょこんと座ってる美音にお茶を渡すと祐樹は美音の向かい側に座った。デートの経験は有るものの、よくよく考えてみたら実家に住んでいたときから、部屋に女性を招き入れたことなど無かったことを祐樹は思い出していた。何をすればいいのだろう。男同士で遊ぶときはゲーム機さえあれば延々とやっていた。
「なぁ、先生ってなんでクレーンゲーム上手いんだ?」
「うーん。学生時代にですね」
祐樹の心配をよそに美音は祐樹に話し掛ける。美音は話すことが好きだった。
笑顔をキラキラさせて話す美音。祐樹は目線を外してしまう。あまりにも可愛すぎるのだ。しかし、こんなチャンスは無いと思った祐樹は美音の笑顔を独り占めすることに決めた。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。日の入りまであと1時間といったところか、祐樹は時計を見た。
名残惜しい祐樹だったが、ややこしい問題を起こすわけにはいかない。コップに残っている緑茶を飲んだ。
「なあ、先生。先生って恋愛とかしたことあるの?」
「んー、まあ人並みにはありますかね。でもあんまり長続きしなかったんですけど」
「そうなんだ」
美音はコップを持ちながら俯いている。如何にも何か口籠っている様な雰囲気が出ていた。
「……どうかしましたか?」
「えっ、なんで」
祐樹の予感は的中していた。美音は自分自身がどんな雰囲気を醸し出しているか気付いていないのだろう。
「なにか言いたそうだなって」
言わなきゃ後悔する、いや、言っても後悔するかもしれないけど。美音は目をキョロキョロさせた。
「あの、さ、…….また頭撫でてくれないかな」
思いがけない言葉に祐樹は驚く。言葉が出ない。そんな祐樹を見て美音は続ける。
「やっぱり、ヤンキーは嫌か?」
「そうじゃなくて、さっき向井地さん嫌がってたんで」
ゲームセンターで美音の頭を撫でてしまった際、祐樹には嫌がってる様に見えていた。
「あれは急だったからさ、でも気持ちよかったんだ」
頬を赤くして話す美音を祐樹はじっと見つめる。恋愛をしたことがないであろうヤンキーの女の子が勇気を振り絞って自分のことを求めてくれた。ここで断ったら美音の心に傷が付いてしまうかもしれない。受け入れなければ。祐樹は自分に言い聞かせた。
「分かりました。向井地さん、こっち来てください。」
「うんっ!」
俯いていた美音の表情に明るさが戻る。美音は祐樹の前に座り、祐樹を見上げた。
「二人だけの秘密ですよ?」
「分かってるよ。元からそのつもりっ」
その言葉に祐樹は笑顔を見せると、美音の頭にそっと手を置いた。