03
「ちょっと待てよ? ここらへんで学校つったら……あんた高校の先生かい?」
定食屋・亜粗美菜の店員は腕を組みながら神妙な面持ちで聞いてきた。
「あはは……そうです」
店員の言いたいことに祐樹はなんとなく気づいていた
この地域に高校は一つしかない
「マジ女、か?」
「その通りです」
店員は「はあ」と溜め息をつくと、微かに笑みを浮かべた。
「あんた、貧乏くじ引いたなあ。よりによってマジ女か!」
「ははっ、もう大変ですよ、授業は誰も聞いてないし、生徒達はケンカばっかしてるし、肩ぶつかっただけで殴られそうになったし、もう辞めようかと思ってます」
祐樹はコップに入っていた残り僅かな水を飲んだ
「そう思うのも仕方ないかもな、あいつらは頭が悪いからケンカしか取り柄がねえんだ」
「そういうもんですかね、店員さんは生徒達のことを知ってるんですか?」
「私はマジ女の卒業生なんだ。だからあいつらの気持ちはよく分かる」
てことはこの人もケンカに明け暮れているのか?ふと思った祐樹はつい目を細めた。
「おいおい、そんな目で見ないでくれよ! あんたを襲ったりしないから」
店員は手を振って笑った。
「変な目で見てすいません。店員さんもケンカばかりをしてきたのかなと思いまして」
「ははは! こう見えてもマジ女時代は中々強かったんだぜ。今となっちゃあ、人を殴る気にもならねえけどな。まあ、青春ってやつさ」
理解し難い世界が自分の近くに広がっていたことを祐樹は実感した。
生徒達は自分自身のことをケンカで表現しているのだろうか。それを悲しいことと捉えるべきなのかどうか祐樹には分からなかった。そういうものなのだろうか。それが「青春」というものなのだろうか。
「あと、男に対しての反応の仕方が分かんねえってのもあるかもな」
「反応、ですか?」
「そう、あいつらは恋愛なんか無縁の存在だからな。みんな生娘だろうし」
とんでもないことをさらっと言ってのける店員に祐樹は身を乗り出した。
「ええっ! いやいや! 生徒達は男遊びもお手の物って感じがするんですけど」
「あはは! あんたはヤンキーに関して多少勘違いしてるな」
「勘違い?」
店員はカウンターに両手をつきゆっくり喋りだした
「あいつらはギャルじゃない。ヤンキーなんだ。言ったろ? ケンカしか取り柄が無いって」
祐樹は下を向いて考えた。
店員の言っていたことは理解出来ることもあれば、理解出来ないこともあった。人生の経験の仕方の違いかもしれない。
祐樹は会計を済まし、店を出ようとした。
「まあ、あんたにその気があればきっと分かり合えるさ」
店を出ると外はすっかり暗くなっていた
「がんばってみます。あの、店員さんって名前はなんですか?」
「私かい? 私の名前はみなみ。あんたは?」
「自分は斉藤祐樹って言います。歳は23です!」
「祐樹って言うのか、また来てくれよな」
「はい! みなみさん、また来ます」
みなみは小柄な身体とは対象的に包容力の豊かな人間に感じた。彼女なら大勢の人間もまとめることが出来そうだ。
そう思って、後ろを振り返るとみなみは手を振って見送っていた。
祐樹は軽く頭を下げた。
ーーー
「おはようございまーす」
相変わらず誰も聞いていないホームルームを始める。だが祐樹には生徒への見方が変わっていた。昨日言われたみなみの言葉が強く残っている。
教室に居る生徒をゆっくり見回した。
「おい! なに見てんだよ!」
昔のスケバンのような格好をした生徒が祐樹を睨んだ。
「いえ、なんでもないですよ」
いつものように言葉を躱すと出席簿を閉じ、教室を出た。
スケバンの格好をしたあの生徒も生娘なのだろうか。確か彼女は岡田奈々という名前だった。
あのときぶつかった生徒も……
いつのまにか祐樹は教師という立場を忘れ、一人の男になっていた。
「おっといけない」
祐樹は教師と生徒という関係を思い出しながらも、自分の中にある男としての薄汚い欲望を消し去ることは出来なかった。その薄汚い欲望を持つことに対して罪悪感を感じたが、どうせ欲望は叶わないのだからと楽観視することに決めた。
「もうちょっと、教師続けてみるか」
そうつぶやくと、祐樹は前を向いて歩き出した