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「Xですか?」
紗英はそう聞き返した。
「そう、X。
手帳の中で見たことないか?」
「いえ、その言葉は兄の手帳の中に
なかったと思います。」
兄の手帳を手で持ち上げながら、
紗英は返事をした。
「そうか、無かったか…」
柊也はそう呟くと少し表情を曇らせた。
「すみません、力になれなくて」
「別に君が謝ることじゃない。
地道に手がかりを集めていこう」
そう言うと柊也は紗英の方を叩いた。
その行動のおかげが紗英は少し表情を明るくした。
「やあ、ちょっといいかい?」
部屋の扉を軽くノックしながらそう言って入ってきたのは彼らの上司でもある泉だった。
「ようやく君たちの部署の件が決まってね。人員は決まったが、配属は来月の頭になるみたいだよ」
そう言うと、泉は机の上に資料を投げる。
柊也は断りを入れてから、資料に目を通す。
追加配属されるのは3人。経歴的にも申し分ない人選だな、柊也は資料を読み終えるとそう思いながら、隣にいる紗英に資料を渡した。
「この件に関しては、了解しました。しかし、自分は今、別件で動いていまして、しばらくかかりそうなんですが」
「そうだそうだ。すっかり忘れてたよ。その件って黒賀谷さんのやつだろ。それなら上に直接連絡があって、君の班は当面その仕事みたいだよ」
「連絡って、黒賀谷さんがですか?」
「そうそう、上がそれを飲んだってことはかなりヤバい案件なんだろ。まあ、頑張ってくれ」
そう言うと、泉は手をひらひらと振りながら部屋を出て行った。
「そんな案件に私が関わって大丈夫なんですかね」
資料を読み終えた紗英が、泉の足音が離れて行ったのを確認しながら、不安そうにそう言った。
「問題ないさ。若いうちから慣れておくのも大切なことだ。俺もフォローはしていくし、新しく来る連中もきっと助けてくれるさ。よし、ちょっと遅くなったけど、昼を食べに行くか」
そう言って柊也は紗英の頭もポンポンと叩き、部屋をあとにする。
紗英は表情を赤らめ少し静止したあと、小走りで柊也のあとを追うように部屋を出て行った。
誰もいなくなった部屋の中。
静かな部屋の中で短く、
"ポンッ"
とメールが届いたことを知らせる音が鳴り、部屋の中は再び静寂に包まれた。