No.1
…私はやっぱりチョロいのかもしれない。
今、目の前で私のために必死に自販機の下に手を入れている彼の姿に心がザワザワしているからだ。
暁「もうちょっとで届くんだけどな〜………取れた!!」
服が汚れているのも気にせず、私に100円玉を差し出す彼。
その顔は優しくて、柔らかい笑顔だった。
その笑顔に今度はドキッとさせられる。
どうしてこうなったかと言うと、遡る事5分前、
飛「…暑い。」
喉の渇きを感じた私は、目に映る自販機に向かう。
背中に背負ったリュックの中から財布を取り出し、小銭を取り出した瞬間、身体の左側に軽い衝撃が。
どうやら電話をしながら歩くサラリーマンがぶつかったようで、訝しい顔を私に向けた後再び歩き出した。
その衝撃で右手にあった100円玉がこぼれ落ちた。
飛「あっ。」
その100円玉は無情にも自販機の下へと吸い込まれた。
飛「100円玉あの一枚だけだったのに…。」
少しため息をつくと、後ろから人影が目の前に現れて自販機の下に手を入れ始めた。
飛「あの、そんな事しなくて大丈夫です。」
その人に声をかけると、
暁「…稼いだお金を大切に出来ない人はロクな大人にならない。」
飛「え?」
暁「…じいちゃんに昔言われた。自分の身の回りの人が一生懸命働いて稼いでくれたお金で何かを与えられているのに、金額の多寡や質の良し悪しに不満なんて言っちゃならんて。」
突然の説教にムッとしたが、言っていることは正論だったので、
飛「はあ、すいません。」
そう言って頭を下げると、
暁「なんてね。…まあ女の子が服汚してまで
お金拾うのはどうかと思うし、僕が勝手にやってる事だから気にしないで。」
こちらを振り返りニコリとする彼。
そして冒頭の話に戻る。
飛「…ありがとうございました。お礼に飲み物と思ったんですけど。」
暁「別にいいよ。君みたいな可愛い子にお礼言ってもらえただけで充分です。じゃあ、今度は気を付けて。」
そう言って立ち去ろうとする彼。
その彼の服は埃やらで少し、いや結構汚れている。
飛「ちょっと待ってください。クリーニング代くらい出させてください。」
暁「別にいいってば。」
飛「それじゃあ私の気が済まないんです。」
暁「それに、これから大学の授業あるから急がないと。」
飛「じゃあLINEのID交換してください。今度改めてお礼するので。ダメですか?」
暁「…君って結構な頑固者だね。わかったよ、はいじゃあ。」
飛「えっと、本田…、」
暁「サトル。」
飛「暁さん。」
暁「君は、齋藤飛鳥さんね。…あっもう時間がない!じゃあね。」
そう言うとあっという間に人混みの中に消えた彼。
彼の姿が見えなくなっても、心のザワザワは消えることはなかった…。