02
渡辺美優紀は勘違いをしていました。山本彩に嫌われてしまったと思っていますが、それは違います。むしろ逆でした。山本彩は、渡辺美優紀を守ろうとしたのです。
高橋みなみが射殺され、蜘蛛の巣を散らすかのように逃げまとう彼女たちの中で、渡辺美優紀はすぐに山本彩の元へ駆けつけ、そのまま手を引いて逃げました。
普段は凛とした彼女。ですが、あまりのショックに茫然自失となっていたのです。渡辺美優紀は必死に彼女の手を引き、現場から離れて行きました。
森林の中を駆け抜けた先、山本彩が「一人にしてほしい」と言い出しました。それには渡辺美優紀は猛反対。彼女は分かっていたのです。正義感の強い山本彩のことですから、少年に復讐をすると。
「行かせへんで」
普段ののほほんとした態度とは違う、毅然とした態度。山本彩はたじろぎました。両手を広げ、涙を浮かべながら山本彩のことを睨んでいるのです。
彼女のそんな面を見たことのない山本彩にとってそれは新鮮であり、心に火を点けるのに十分すぎることでした。
「なんでなん? あんた悔しくないの? たかみなさんが殺されてへんで」
「悔しくないわけではないけど、それは警察の仕事や。私たちには無理。だから逃げ続けるしかあらへん」
「逃げ続けてなんとかなるん?」
「それは……」
黙りこくってしまった渡辺美優紀。そこにチャンスが生まれました。
俯いた渡辺美優紀の横を、スルリと駆け抜けます。
「ちょっと!」
「うっさいわ! この臆病もんが! あんたみたいなん大っ嫌いや」
苦楽を共にしてきた先輩が殺され、山本彩は冷静さを欠いていました。少年への怒りを、彼女にぶつけてしまったのです。俊足を生かし、渡辺美優紀との差を広げると、そのまま走り去っていきました。
「彩ちゃん……」
一人取り残された渡辺美優紀は、まるで迷子になった子供のように山本彩を探し回りました。
結局、山本彩は見つけられませんでした。探し疲れた彼女は、噴水を見つけ、そこで水を飲むと一人泣き続けていたのです。
泣いても泣いても尽きない涙。まるで止まることを忘れてしまったかのよう。そんな時に少年が来たのです。
山本彩が憎しみを抱いた相手。無垢な顔をした殺人鬼はボウイナイフを取り出しました。
「『グサッ』でいいよね?」
「なんでもええよ、もう。それよりな」
赤く充血した目。虚ろな眼差しを少年に向けます。
少年は「なに?」と問います。
「世の中で一番怖いものって、なんやと思う」
「怖いもの? うーん。お化けとか?」
そんな時だけ子供らしい答え。渡辺美優紀はフフッと笑います。
「ちゃうねんな。一番怖いんわな、大事な人に嫌われることやねんで。覚えときや」
それは彼女自身が今日知ったこと。自分にとって大事な人に嫌われることがこんなにも辛いことなのだと、彼女は初めて知ったのです。それも、もう仲直りのすることの出来ない相手に――。
彼がここに来た時点で、渡辺美優紀は悟りました。もう山本彩はこの世にいないのだと。
「分かったよ。忘れない」
本当かどうか分かりません。渡辺美優紀はそれ以上追及することは出来ないのです。
噴水に赤い色が混ざりました。真っ赤な真っ赤な色です。