山本彩
01
 彼女はずっとチャンスを窺っていました。まるで海底にいる貝のように静かにじっと。光の当たらぬ海底で目を光らせていました。
 
「大丈夫。私なら出来る。たかみなさんの仇を取るんだ」
 
 独特の訛りを持った言葉で自分を鼓舞する山本彩。不純物のない水のように澄んだ瞳は、今や怒りと悲しみに満ちています。右手に力を入れると、太い木の柄が勇気を与えてくれるようです。
 
 山本彩は高橋みなみが銃で撃たれた時、何も出来ませんでした。声を上げることも動くことも出来ない彼女の立ち位置からは、ちょうど脳天から噴水のように血を吹き出す高橋みなみが見えました。それを直視してしまった彼女の胃は激しく痙攣(けいれん)を起こし、胃液を吐き出させました。
 篠田麻里子が少年と対峙している時も彼女は口から胃液を吐き続けており、彼女の援護をすることなく、渡辺美優紀に手を引かれ逃げ出したのです。
 
 現場から逃げ切ると、後悔の念が津波のように押し寄せて来ました。元が責任感の強い彼女。不甲斐ない自身に懺悔し続けたのです。
 手を引いてくれた渡辺美優紀にお礼を言うと、彼女は一人にしてほしいと頼みました。渡辺美優紀はもちろん反対しました。彼女の性格をよく知ってるがゆえのことです。このまま一人にしてしまえば、自害してしまうと思った彼女はなんとか説得を試みました。
 
 しかしそれも徒労に終わりました。頑として譲らなかった山本彩は、渡辺美優紀から逃げるようにして走り去ったのです。運動神経に優れた彼女は、追いかけて来た渡辺美優紀を振り切り、少年を探しに先ほどの場所に向かおうとしました。
 道中、強烈な喉の渇きが彼女を襲います。うだるような暑さに加え、先ほど嘔吐したために、体が水を欲しがったのです。そこで見つけた川。澄んだ川の水を見た彼女は飲めると判断を下し、乞食のように水を飲み続けました。
 
 喉の渇きが解消された彼女は冷静になったようで、武器を探し始めました。少年は銃を持っています。特攻隊のように丸腰の身体だけで行ったとすれば反撃に遭ってしまっていたことでしょう。体の摂理に彼女は感謝しきりでした。
 
 キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていると、ロッジを発見しました。あの中なら武器があると思った彼女は一歩近づこうとした瞬間、足を止めました。寒くもないのに、体が震えます。全身の毛という毛が一気に逆立ちました。
 山本彩の視線は少年を捉えていたのです。


はるる ( 2013/09/08(日) 18:47 )