03
少年も彼女が放つ雰囲気を察したのか、表情を強張らせました。ピンと張りつめた糸。厳寒の冬を思わせるような重たく、冷え切った空気。呼吸をするのも辛い状況の中、先に動いたのは松井珠理奈でした。
彼女のスラリと伸びたしなやかな腕の先。銀色に鈍く光る刃は真っ直ぐに少年に向かって行きます。まるでフェンシングのよう。
少年はその腕をくるりとかわします。それはまるで社交ダンスのように。くるりと横回転しながら彼女の胸元にたどり着いた少年は、そのままボウイナイフを彼女の心臓目がけ突き刺します。
「うぐっ」
低く短い呻き声。刺された部位がカッと熱くなるのを感じます。悔しさからなのか、刺された痛みからなのか、彼女の目からは大粒の涙が零れ落ちて来ました。
ぼやけた視界ですが、彼女は諦めていません。最後の力を振り絞り、少年目がけ包丁を振り下ろしました。
ですがぼやけた視界に加え、彼女にはもう力がまったくと言っていいほど残っていませんでした。少年に当たるどころか、かすりもせずに宙を切り裂いた右手の後を追いながら、彼女の体は地面に倒れて行きました。
「二人目」
少年は呟くように言うと、松井珠理奈の体を反転させ、心臓に刺さったボウイナイフを抜き出しました。ナイフを抜くと、真っ赤な血がまるで泉のように湧いて出てきます。彼はそれを満足そうに見届けると、ナイフの刃を上着で拭い、篠田麻里子が眠る部屋へと歩を進めました。