1-5.楽しかった君と僕の八月。
玖:翔さん?翔さぁ〜ん!
美玖ちゃんに起こされて目が覚めた。
島の反対側にある漁港に移動するのにバスを使ったんだった。
手元の時計はもうすぐ真上で揃おうとしている。
目的の漁港はバス停から歩いてすぐのところにあった。
そのすぐの道のりを2人で横並びで歩くと、これは兄妹かそれともカップルか。
夏休みとはいえ、平日の漁港では魚の水揚げ作業が進められていた。
ここに来れば旨い魚が食える。その自信の源がこちらを向いて手を振った。
親戚のおっちゃんはこの島イチの漁師だった。
お:おぉ、翔じゃねぇか。彼女連れて何しに来たんや?
一日で何度同じ受け答えをすることになるか。
お:まぁええわ。どーせ魚食いに来たんやろ?こっち来ぃや。丁度さっき揚がった魚を調理しとったんじゃけ笑
そう言っておっちゃんはボク達2人を引き連れて倉庫の中へと案内してくれた。
プレハブレストラン。誰がそう呼びだしたのかは知らないが島の中ではそう呼ばれていた。
少し古びたプレハブ倉庫は普通の旅行客は近づかないであろう。
席に案内してもらい、おっちゃん自慢の料理を運んで来てもらった。
島でしか食べられない刺身の盛り合わせ、姿焼き、煮魚…
それでもやっぱり美玖ちゃんはお寿司が好きで、酢飯の上に刺身を乗っけて幸せそうにほおばっていた。
そんな美玖ちゃんの横顔を見ながら、自分も料理を食べ進めた。
島に住んでいながらなかなか来ることのなかったプレハブレストランだったが、これは何度でも来たくなる。確かにそう感じた。
デザートは別腹なんぞよく言ったもので、その別腹すら魚で満たされた。
といってもデザートを食べたわけでもなんでもなく、とにかく魚を凄く食べた。それだけの話。
美玖ちゃんを飽きさせないように…と無い頭で必死に考えるが、流石に狭い島だけあってもう出てくるアイデアも底を付きかけていた。
玖:翔さん…?大丈夫ですか?ずいぶんお疲れみたいですけど…
自:あ、ごめんごめん笑そんな疲れてるように見えちゃった?
玖:ちょっと顔が暗いなーって思って!美玖は明るい元気な翔さんが一番好きですよ?……あっ…
自:えっ…え!?ん…?どっ…どしたの…?美玖ちゃん…顔真っ赤…だよ?
…唐突に好きと言われたこと、その直後に美玖ちゃんの顔が赤くなったこと、その他諸々を含めてボク自身がかなり取り乱す状況になってしまった。
自:とりあえず…家に戻る?今日は家でゆっくりしようか…。
2人で帰る道、美玖ちゃんは目に涙を浮かべていた。
自:美玖ちゃん…?どうしたの?
玖:私…しょっちゅう空回りするって言われて…学校のスピーチとかでも…すぐ変な方向に行っちゃうし…
玖:それでそんな自分が嫌になって旅行しに来たのに…島じゃ翔さんに頼ってばっかりで…
美玖ちゃんはボクに迷惑をかけているとでも思っているのかもしれないが、全くそんな思いは無かった。
むしろ美玖ちゃんには感謝しかなかった。
その思いを伝えると、涙ぐむだけだった美玖ちゃんは嗚咽を漏らしだした。
玖:ひっく…そんなにっ…ひっく…翔さんが優しいから…ひっく…結局頼っちゃう…ひっく…
自:ねぇ美玖ちゃん落ち着いて?ほら…家着いたし…ちょっと座ろっか。
それからひとしきり美玖ちゃんの話に耳を傾けた。
学校での友人関係にも頭を悩ませていた美玖ちゃんは、自分探しの旅と称して日本中あちこちの島を巡っていたらしかった。
その中で最後にしよう、と思って訪れたこの島で、ボクに出会ったらしい。
美玖ちゃんが言うには、その島々で出会った人の中で一番魅力を感じる。
これほどまでに言われて嬉しい言葉は無かった。
…
そして最後に美玖ちゃんはこう言った。
玖:島で過ごす最後の夜、その島で出会った人と1晩過ごすんです。それがこの旅の楽しみだから。