03
退勤時間。俺は坂本と岡田と3人で会社を出た。姉貴に電話しないといけないのだが、姉貴が電話に出るかどうかが怪しい。
姉貴は家族の電話でさえ、「まぁ、後でいいか」と出ない事があるのだ。
そのため1回目の着信で出たならば奇跡と言ってもいい。
「・・・」
「・・・もしもし?」
「姉貴!」
「どうしたの雄介、何か用?」
「・・・体調はどうなのさ」
「ああ、たっぷり寝たから体が軽いし、頭痛もないよ〜」
「・・・そう。玲奈はいる?」
「いる。晩御飯作ってるよ」
「分かった・・・姉貴、今日は出かける予定は?」
「え、ないよ。大丈夫大丈夫、連続で夜出かけるなんてしないからさぁ」
「それならいいけどさ・・・今日は出かけないでね、この後何か予定が入ったとしても」
「大丈夫だってぇ。早く帰ってきてね〜」
今の俺は、この言葉が最も信用できない心理状態だった。
「電話出たのか」
「奇跡的に、1回で出た」
「大丈夫だったのか」
「・・・とは、言ってた」
「・・・だったら、早く帰った方が良いと思います」
「岡田の言う通りだな。雄介、さっさと帰ってお姉さんを家から出さないようにした方がいい」
岡田、坂本に促され、今日はタクシーに乗って急いで帰る事に決めた。姉貴がいるうちに家に閉じ込めなければ。後は玲奈が何とかしていてくれる事を祈るだけだ。
「あれ・・・坂本?」
坂本:家に着いたら、その後の状況を教えてくれ。それによってはお前を数日休みにしてもらうよう課長にかけ合ってみる。お前の今日の顔はちとヤバかった。
そろそろ本気で休みを入れなきゃ倒れるぞ。
会社での責任とか、しばらくは考えなくていい。お姉さんと妹さんと3人で過ごす時間を大切に、今日は休め。それじゃ連絡待ってる、また後で。
「あいつ・・・」
坂本の気遣いは今の俺にとって救いだった。このメッセージで強がっていた自分に気付け、何か吹っ切れたような感覚がした。
流れていく景色を観ながら、坂本へと感謝の言葉を返した俺は、携帯電話を鞄へしまった。
タクシーは無事に家の前に着き、釣りも貰わずに降りて急いで家に入ったが、別段変わった様子はなかった。
テレビの音が聴こえていたため、リビングに入ったが、そこには平和な景色があった。
「ああ雄介、おかえりぃ」
「あ、姉貴・・・」
「どうしたのぉ、そんな息切らしてさ」
「・・・いや、何でも」
「あ、それよりさ、出かけなかったんだからさ、私の事褒めてよ。雄介の言い付け守ったんだよぉ」
「・・・ああ、偉いよ、姉貴」
「えぇ、何かざっくりしてる」
「あぁそれよりも、玲奈は?」
「玲奈は洗濯物閉まってる。雄介が帰ってきたから呼んでこよっ」
姉貴はいつもと同じく、ニコニコして距離を近付けて話をした。
やはり今日の心配は杞憂だったのか。
「あ・・・おかえり」
「ただいま」
「どうしたのぉ、雄介帰ってきたんだから、晩御飯食べようよ〜」
「あ、ああ、うん。とりあえず着替えてきていいか、姉貴」
「あ、そうだね。家の中でスーツって変だもんねぇ」
姉貴に変なところはなかったか。今のところ、ただ無駄にテンションが高いだけだが、手を出したかと言われたらそうとは断定はできない。
部屋着に着替え、スーツをハンガーにかけたその時だった。玲奈が部屋に入ってきた。
「・・・お兄ちゃん」
「どうした?」
「・・・これ」
「!」
「・・・お姉ちゃんのバッグに入ってた。絶対昨日、手を出した証拠だよね」
「・・・くそ!」
姉貴はやはりというか、大丈夫だと期待するだけ無駄だった。
またか、とは思うが、それでも裏切られた感覚は重く、俺と玲奈にのし掛かる。
「もうダメ、耐えられない。明日にでも先生に電話して、お姉ちゃんをもう一度病院に戻して、完治するまで二度と外に出さないようにしよう」
「・・・いつまで俺らを裏切れば気が済むんだよ、姉貴は・・・」
掛け布団を握り、本来ぶつけたい怒りを全て布団にぶつけた。
後ろで泣き始めた玲奈も同じ思いをしているだろう。
「ねー、早くきてよー」
姉貴のその声にふっと我に帰り、俺と玲奈はリビングに戻った。