01
時刻は朝の7時30分。玄関の鍵が開き、扉が開く音がした。その場の全員が溜め息をつき、空気は冷たくなった。
「ただいま・・・」
「・・・」
「おかえり」
「あぁ、めっちゃ体が重いよぉ、帰ってすぐだけど寝るね」
「・・・ちょっとお姉ちゃん、靴くらい揃えて。それから服も洗濯するのあるんだったら洗濯出してよ」
「あぁごめん。でも待って、めっちゃ体が重いし、頭は痛いしで、すぐ寝たい・・・」
「っ・・・じゃ脱いだら私が洗濯出すから、とっとと脱いで寝ちゃって」
二人が姉の部屋に入っている間、俺は朝食の用意をしていた。勿論二人分である。ああいう状態で帰ってきた姉は、午後にならないと起きないからだ。
しばらくして戻ってきた妹は、姉の衣類を全て洗濯機に放り込むとスイッチを入れ、テーブルに座ってテレビを観始めた。
「お兄ちゃん、一応聞くけど、お姉ちゃんまた遊んできたのかな」
「朝帰りの時は大概そうだったろ。今までも、これからも多分な・・・」
「はぁ・・・もう嫌なんだけど」
「・・・俺も近いうち、ぶっ壊れるかも」
「マジでやめて。お兄ちゃんまで頭おかしくなっちゃうくらいなら、私もお母さんとお父さんのとこに逝く・・・こんなのもうやだ・・・」
「死ぬつもりは無いよ。でも正直さ、姉貴がいなかったら、っていう葛藤は最近多くなってきてる」
「・・・なんでうちの家族ばかりこうなんのかな」
テーブルに昨日の残りのカレーを出し、対面する席に座って朝食を食べる。俺にとっては、妹の顔を見るのが一番冷静になれる瞬間で、それが一番幸福感を感じられるのだ。
いつ壊れるか分からない、と言ってしまったのは妹に申し訳ないが、実は反省していない自分も心にはいる。姉さえいなければ、なんで両親はいないんだ、自分の事だけしか見えなくなってきているのは確かだ。
「ねえお兄ちゃん、どうにかしてお姉ちゃんを治す方法はない?もう外出を禁止して、治るまで病院に監禁してしまうとかしないと、また遊びに行っちゃうよ」
「監禁って言い方はあれだけど、そうしたいとは思ってる」
「先生も何で外出許可したかな、今こうなってるのに“治ってきた”なんてよく言えたよね」
「先生を責めちゃダメだ」
「家にいてもさ・・・また我慢できなくなったって言って、全裸で家を徘徊されたりしたら、もう怒るのも限界だよ」
「・・・その時いつも怒ってくれてるの、本当にごめん」
「なんでお兄ちゃんが謝るのさ」
「裸で迫られてさ、気持ち悪くて後ずさりしちゃうからお前に助けてもらわないといけないのがもう苦しくて。でも俺、殴って姉貴を黙らせたくはないし」
「殴るのはうちも嫌に決まってんじゃん。でもこれまでに3回くらいあったからさ、発狂してお兄ちゃんとやろうとしてきた時なんか、うちの方が怖くて気持ち悪かったし」
「殴って姉貴を抑えたのは正解だったのか不正解だったのか、未だに悩んじゃうよ、俺」
「・・・やっぱうちもお兄ちゃんも、この二人でいなきゃ頭おかしくなっちゃうね」
「・・・だな」
8時半。じっくり話しながらカレーを食べているうちに時間は経っていた。今日もお互いに仕事がある。姉貴を一人、残していくのは正直危なっかしいが、姉貴の就寝時間が短くならない事と、先生の言葉が本当だと祈るしかない。
「じゃ、先にいってくる」
「いってら。気を付けてね」