09
「もしもし、坂本先輩?」
「岡田、今すぐ雄介を探すのを手伝ってくれ!」
「た、田村先輩ですか?そこにはいないんですか?」
「・・・ついさっきまでいたさ。だけど突然、玲奈と岡田を守ってくれと言い出して、どこかへ走り去ってしまったんだ」
「へ?え、待ってください、私を守る?どういう事で・・・」
「話はあとだ!今すぐ雄介を探さないと大変なことになる!あいつの目は・・・ヤバかった」
「わ、わかりました!じゃ、田村先輩に連絡とってみますね!」
「ダメだ、何十回電話をしても、あいつは出てくれない!」
「坂本先輩がダメでも、私ならもしかしたら出るかもしれません!かけますね!」
岡田は雄介の携帯に電話をした。
コール音が何回も鳴るが出る気配がない。だが、切れる事はなかった。つまり携帯電話は死んでおらず、根気よく待てば出る可能性があるわけだが、その応答には意外と早く応えてくれた。
「もしもし、岡田か」
「もしもし、田村先輩!あの、急で悪いんですけど、今どこにいますか?」
「・・・」
「あの、坂本先輩が急に電話してきて、田村先輩を探さないと大変なことになるって大慌てで。何があったんですか?」
「・・・」
「田村先輩?もしもし、田村先輩?」
「岡田、これから坂本をしっかり支えていってくれよ」
「・・・どういうことですか?」
「言葉の通りだ。坂本を支えて、全うな人生を生きていくんだ。あと、玲奈も守ってくれるか。俺の大切な妹なんだ」
「意味がわかりません!急になんなんですか!」
「ごめんな。でも悪い、これ以上は話せない。じゃ、頑張れよ!」
「田村先輩!ちょっと!ちょっ・・・切れた」
電話をかけ直すのだが、今度は完全に繋がらなくなった。
この一瞬で繋がらなくなるという事は電源を切ったか、携帯を破壊したか。岡田は坂本に今の状況を話した。
「ダメだ、俺も繋がらなくなってしまった」
「これじゃGPSで追うことも出来ないです・・・」
「くそが!岡田さえ断つのかよ!何をする気なんだ、雄介・・・」
俺がしなければならないのは当然課長への復讐だ。
別に1日経ったとしても、1週間経ったとしても、この復讐への心持ちは一ミリも崩れないだろう。
だがいきなり殺すのではない。
奪うものは奪う、壊すものは壊す。つまり同じ事をするのだ。
時刻は10時半。坂本と別れてから20分ほど経っているが、随分と離れた気がする。
向かう場所は決まっている。課長の自宅だ。課長の家は何度か上がらせてもらった事があるため、場所は知っていた。
課長は出張中。今の自宅には課長の妻がいる。復讐のタイミングは今しかない。
すれ違う人から気味悪がられながら、俺は真っ直ぐ歩いていた。
「ここだ、懐かしいな」
丁度帰ってきたのだろうマンションの住人に続いて中へ入り、エレベーターに乗り、課長の部屋のある階へ。部屋の前で一度大きく深呼吸をすると、インターフォンを押した。
「どちら様ですか?」
「夜分遅くすみません。ご無沙汰してます、田村です」
「・・・え、田村・・・って、主人と一緒に何度かいらっしゃった、あの田村さん?」
「はい、そうです」
「ああ、久しぶりじゃない!どうしたの、こんな遅くに?」
「ちょっと急なんですが、お話がありまして。お邪魔してもいいですか?」
「ええ、どうぞどうぞ」
奥さんは俺の事を覚えていた。快く部屋に上げてくれて、急なのにも関わらず水を用意してくれた。
「ごめんなさいね、ほぼ片付けちゃって」
「いえ、水で結構です。こんな時間にお客さんなんか普通来ませんし」
「それでも主人の部下なんだもの、大事なお客様でしょ」
「ありがとうございます」
「で、えっと、お話があるって言ってたわよね?急に話すくらいだから、何かトラブルでもあったのかしら」
「トラブルでは無いですが、今、課長が出張中だからこそ耳に入れておいてほしいんです」
「何かしらねぇ」
「実は、娘さんを狙っている男がいるんです」
「え?」
「課長が出張中のタイミングを見計らって、娘さんに手を出そうとしている男がいるんです。幸か不幸か、自分はその男を知っているんです」
「ちょ、ちょっと待って・・・うちの娘を?本当に?」
「間違いありません」
「うちの娘を・・・その男は誰なの?どういう男なの?」
「名前は村田介雄と言います。同じ会社にいて、以前坂本と同じ部署にいた男です。坂本が自分のいる部署に異動してきてからは関わりを持つことはほぼ無くなったのですが、最近聞いた話で、課長の娘さんを見かけて一目惚れしたらしく、そこからストーキングをしているんだそうです」
「最近の話なのね?」
「ええ、最近ではありますが、ストーキングは早いうちに対処しないと娘さんに危険が及ぶ可能性があります」
「そう、なのね・・・ど、どうしたらいいかしら、私」
「娘さんおいくつでしたっけ?」
「高校生よ。17歳」
「なら学校がバレるのは時間の問題でしょう。登下校はどういう道のりを?」
「徒歩と電車を使ってるわ」
「帰りはいつもこんなに遅いんですか?」
「今、夏休み中なの。今日は友達の家に泊まるっていうからいないだけ」
「なるほど。なら明日迎えに行く際、よろしければご自分が同行しましょうか?」
「え、いえ、それは悪いわ。田村くんも会社があるでしょう」
「村田は明日休みなんです。自分は有休を取りますので、お母様が迎えに行くのであれ、娘さんがお一人で帰るのであれ、村田が休みな以上は危険です。大きなお世話だとは思いますが、自分がついていけば村田も手は出してこないでしょう」
「同じ会社の人間だものね。それは好都合だけど、本当に田村くんはそれでいいの?」
「ええ、有休使う理由もちゃんとできましたし。娘さんには、お母様から自分の事をお話ししておいて頂ければ大丈夫でしょう。課長の部下だと分かれば、誤解される事はないでしょうし」
「・・・それじゃ悪いけど、明日お願いしようかしら。娘には話しておくから。あと顔写真だけお願いしてもいい?」
「ええ、どうぞどうぞ」
娘に誤解をされないようにするための顔写真を送るつもりだ。
お願いされた以上、その行動はとても有難い。これで後はこちらの自由になった。
課長への復讐の始まりだ。