02
今泉佑唯。先程のストリートパフォーマーの名前だった。
ライブバーで女性達のバンドが歌を披露しており、聴いている内に彼女を思い出してしまう。
やはり彼女の歌声は心に残る。渉はグラスを置き、代金を払うと、また街を歩いていく。ほとんどの建物のシャッターが降りており、歩く人もほとんどいない。風俗のキャッチに絡まれても、渉はニヤリと笑いながら流していく。
今、頭の中には彼女しかいない。歌で心が躍るなんていつ以来なのか。自分は何もかも堕ちたはずなのに。
白兎夜渉。何かを探す旅人。出で立ちは黒いコート、ハット、サングラスという怪しい男。自らを“白ウサギ”と名乗る。
特徴的な口調で自分を隠し、素性は明かさない。だが素顔はイケメンの中のイケメンと言っても過言ではない。セックスも上手いし、男のシンボルも立派。
愛人だらけのモテ男に見えるのに、デートに行ったりはせず、ましてや食事に誘っても断るだけ。
釣った魚に餌をやらないというのと違う類いだが、それよりも気になるのは彼の家と家族である。
兄弟姉妹、父母、祖父母や、他には年収、仕事、交遊関係。
恵には何も言わなかったが、他にそれを知っている人もいない。
そんな渉が今泉佑唯という見ず知らずの他人の歌に心を躍らせる。
彼を知っている人がいたとすれば、相当驚くだろう。
「ねぇ、そこのお兄さん、うちの店寄っていかない?」
「いいえ、女子高生には興味がないものでね」
「じゃ、人妻どうすか?それとも、熟女系どうですか」
「・・・気が向いたらにしますよ、今は他の女に興味はありませんのでね」
「割安にしますから、なんならサービスでソープもつけますよ?写真だけでも見ていきましょ、ね」
「ウマが合いませんねぇ、あんたと自分じゃ」
最後までニヤリと笑いながら流して歩き去っていく。
渉はサングラスを直し、早歩きで交差点を曲がろうとしたが、その時、歩いてきた男にぶつかった。
「ぐっ!」
「おっと、すいませんねぇ」
ぶつかった男は白いスーツを着ていた。
隣にいた部下らしき男が怖い顔で渉に詰め寄った。
「てめぇどこ見て歩いてんだよぉ、すいませんねぇ、じゃねえだろ?」
「おいやめな、どっちが悪いかどうかは分かんねぇんだ」
「は、はい、ヘッド」
白いスーツの男は笑いながら渉を立たせると、肩を叩いた。
「悪ぃな、うちのもんが怖ぇ顔しちまって」
「いえいえ、別にどうって事ありゃしやせん」
「ん?」
「どうしました?ヘッド?」
「・・・お前から何か感じるなぁ、あいつと同じ匂いがすんぜ」
「・・・そんな、臭いですかねぇ」
「いや、何でもねぇ、こっちの話。ぶつかって悪かったな」
渉はニヤリと微笑みながら、白いスーツの男の背中を見ていた。