最終章
8年越しの返事
目的を果たし、逃げた颯とまりや。
地下から外へ出た時、時刻は午後10時。
まりやの格好が目立つ事を考え、タクシーを拾った。向かった場所は勿論、颯の家。タクシーを降り、ドアの前までくると、まりやは途端に深呼吸をした。

「この家も久しぶりですね。やっと課長とゆっくり出来ます」

「まりやがいない間に、色々変わったからな。だから今度は違う方法でゆっくりと時間を取り戻したい」

「そうですね・・・そうだ、このウエディングドレスも脱いでいいですよね。ここまで来たら邪魔で」

「だな、お前の服はあのまま、下の部屋にあるから着替えてこい」


颯は自室と一階の電気を点けると、台所の電気ケトルのスイッチを入れた。彩と玲奈が持ってきた夜食がまだ残っているため、まりやと一緒に食べるつもりのようだ。


「あれ?課長、なんか私のやつより小さい下着がありますが」

「ん?多分、綾巴のやつだな」

「綾巴ちゃん?もしかして、一緒に暮らしてるんですか?」

「そうか、まりやがいなくなった後の話だから知らないんだな。綾巴も最近こっちで過ごしてるんだ」

「いくつになりました?」

「もう19だ、成人式の為に着物でも買ってやらないとな」

「へえ、もうそんなに大きくなっちゃったんですか。早いですね」

「俺も42だ、時が経つのは早い」



お湯が沸くまでの間、自室に戻った颯も着替えていた。ふと、スマートフォンに目をやると、淳の事が気になり始めた。今頃、淳はどうしているだろうか。
だがここで心配をする颯ではなかった。無事に戻ってくる、そう確信を持って、颯はスマートフォンに手をかける事はしなかった。



「腹が減っただろ、カップ麺しかないが作ってる」

「やった、久しぶりにご馳走にありつけます!」

「おい、それがご馳走なもんか」

「まともなご飯すら食べられなかったんですから、楽しみなんです」


それを聞いた颯はまりやを見た。
玲奈のサイズのTシャツなのに、今のまりやにはブカブカである。玲奈のサイズが大きいのだから、かなり痩せてしまっていた。
着せられていたウエディングドレスがぴったりのサイズだったために、そうは思わなかったが、今こうして見ていると、まりやがどれだけ苦しい思いをして何年間も過ごしてきたのかが想像できる。


「たくさんご飯を食べないといけないですけど、体も動かさないと。筋肉つけなきゃ、生活も苦しいし」

「・・・仕事はどうする」

「それは・・・いきたいです。田野さんやカジさんにもお会いしたいですし」


あまりに久しぶりな顔合わせは、会いたい気持ちを抑えてしまう。
職場復帰は颯が言えばなんとかなりそうだが、颯はそれを言える気概がなかった。


「いや、まりや。お前はここで家事をしてほしい」

「え?課長・・・」

「そうだ、その・・・家事って言っても、手伝いじゃなくてな・・・」

「手伝いじゃなくて?何ですか?」

「・・・せ、せん、専業・・・主婦として・・・俺の・・・」


「何なんですか、ちゃんと言ってください、課長」


まりやは何が言いたいかを悟り、笑顔で颯を焦らせた。


「その、まりや、その・・・うん、あのな・・・専業主婦、いや、俺の妻として、この家で、一緒に暮らしてほしい・・・です」


「・・・はい、喜んで。8年も待たせてしまって、すみませんでした」




8年越しの返事。颯はここからまりやを抱いて情事に持ち込もうと思ったが、今は早計である。
そう、明日でもいいし、明後日、もしくはそれ以降、いつでもチャンスがある。そんな関係になったのだ。
二人の時間は今から取り戻す。だがその前に、まずは戦いの疲れを取らねば。
颯はカップ麺と箸を用意し、冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注いだ。


「今日はこれを食べたら休もう、俺もまりやも疲れてるからな」

「ですね。じゃ、いただきます」

■筆者メッセージ
颯くん、まりやぎ、遂に結ばれる。
本章はこれで終わりです。
エピローグを更新したら、いよいよこの小説も終わりです。
壮流 ( 2016/10/25(火) 17:20 )