最終章
追い風に向かう新たなカード
颯とまりやを逃がし、淳は小室と対峙した。
裏社会の人間との決着は裏社会の人間がつけなければならない。颯をこの社会に引き入れるわけにはいかないのだ。美瑠も同じことをまりやに言っていた。
これが淳なりのけじめのつけ方である。


「おら!」

「この!」


お互いに譲らない一発目。多対一の状況でも勝てる淳だが、小室は格が違う。
互いに拳を受け止めた瞬間、緊張はさらに高まった。
無論、小室も気を張らせていた。淳が相当な実力者であることを知ってはいたが、ここまでに重い一撃をくらわせる事が出来ることに焦りを見せた。


「君を殺った後は・・・立石颯を追わせてあげるよ」

「どうだか、俺を殺る前に、お前が殺られるんじゃねえか?」

「この、減らず口を!」

「おっと、焦って懐を晒すようじゃ・・・」

「ぐぅ!」

「そのうちタマも無くなるぜ?」


小室の腹部に強烈な蹴りが炸裂。焦ってはいけない。勝敗が決まるのは、ほんの一瞬のタイミングなのだ。


「ぶぐぅ!」

「鴻上君のような家族ごっことは違うんだよ!僕のような男がふさわしいのさ」

「家族ごっこ、だぁ?」

「知ってるぞ、鴻上一家の部下達は、親に捨てられたり、事故で親を失ったり、自ら親と離別した孤独な奴等の集まりだ。そんな奴等をまとめあげて、君は“一家”と名乗っている」

「・・・一家。そうだ、一家だよ」

「ただの家族ごっこじゃないか!女の子だってそうやって集めたんだろ!」

「ぐぅ!・・・こん、の・・・」


「な・・・」

二発目の拳を受けながらも、淳はその腕を掴んで小室を投げ飛ばした。


「・・・俺自身も、親に捨てられたポンコツの一人なんだ。万年“親の七光り”なテメェには分からねえだろ・・・そうやって孤独になった、一人ぼっちの寂しさがよ!」

「ぼぉわぁ!」


小室の懐に下から拳を打つと、両手を組んで小室の頭を打ち付けた。


「李苑っていう俺の部下・・・いや、娘が一番ひどいもんだ。俺の会社から金を借り、返せなくなった親に、借金と一緒に捨てられたんだ。まだ世の中を知らねえ小娘だってのに・・・」

「はっ、その小娘は、君のせいで借金を背負わされたんだろう?君の会社から金を借りたのはその娘の両親じゃないか。君が地獄に叩き落としたも同然じゃないか!ぶほぉ!」


「それ以上言うんじゃねえ。地獄に落とされた李苑にとっちゃ、親も俺も敵だ。今でこそ、受け入れてくれてないのかもしれねえけど、俺はその地獄から李苑を救ってやったんだ」

「どこが・・・一家って言って、言いくるめてるだけだろう・・・」

「それでもいいんだよ!あいつが笑ってる姿を見ることができりゃ、それでいいんだよ!」

「ふっ、そうやって、償いなどと言って世話をするなんて、君は本当に面白いバカだよ。君のしている事はただの矛盾じゃないか。それを、償いだなんて」


小室の言うことは大正解。淳のやったことは、李苑を借金返済の為に無理矢理働かせているだけとも言えるし、ましてやその借金の元は淳の金から生まれたものだ。
小室の嘲笑と共に、淳は腹部と頬にパンチを受けた。


「さあ、立つんだ。それとも、矛盾に気付いて絶望でもしたのかな?」


「・・・俺はな」

「うん?」

「李苑の親に代わって世話してきて、嬉しい事がある・・・」


「ふん、まだ言うのか」


「もうすぐ、あいつは嫁入りすんのさ。それを聞いた時、メチャクチャ嬉しかったし、メチャクチャ泣いたさ・・・もう借金なんて残ってないから止める術も無いしな・・・」


淳は立ち上がると、小室に歩み寄り、胸ぐらを掴んで声を荒げた。


「あいつの“今まで世話になりました”を聞いた時、俺は初めて思ったよ。“一家”って名乗って良かったってな!」


「!・・・ぶぉあ!」


「俺の一家と颯をバカにするやつは、誰よりも許しちゃおかねえ!」


「ぐぅ・・・!」








そしてこちらは車を用意し、颯とまりやを待っていた遥香と李苑。一向に現れない二人を待ちくたびれていたその時、李苑の電話が鳴った。相手は美瑠からである。


「美瑠さん!何かありましたか?」

「今どこ?」

「ずっと待ってます!早く二人が来ないと逃げられないので、伝えて・・・」

「颯さんとまりやさんは、もう逃げた」

「え!?」

「車もいらないから、戻ってきて。二人はもう遠くに逃げたの。裏社会の人間が手を貸しちゃダメだから・・・」


「で、でも!」

「探さないで、早く戻ってきて」


「・・・戻るんでしょ、李苑ちゃん」

「はい、もしかして聴こえました?」

「ううん、何となくこうなるかなって分かってた・・・」


遥香は車を地下駐車場に向けて走らせた。








「ぐふぅ!この、いい加減にしろ!」

「ぼぁっ!テメェを、殺るまで!」



全ての始まりは颯の依頼から。
淳が引き受け、遥香が情報を集め、元凶の過去を突き止め、見つけるに至る。
そして今日、横山組総出撃でまりやの奪還作戦を実行した。敵は巨大で敵いもしない暗黒。
だが淳は諦めなかった。相棒、颯のために、出来ることをやり尽くし、例え自分が犠牲になっても、最後は颯のために拳を振るった。
そのために得たもの、捨てたものは沢山ある。だがそうしてまでも颯に応えたい事がある。
だが、そこに理由はない。淳にとって、これは颯のためにしなければならない事、ただそれだけだからだ。
もうすぐ決着がつく。そしたら自分はどうなるのか。包囲している警察に逮捕されるのか。
それでも淳は後悔の事など考えず、小室に拳を振るい続けた。



「ああ、僕の服がもう血塗れ・・・」

「なかなか、イカすぜ・・・血の色のシャツ。ワイルドじゃねえか」

「そ、そういう、君も、ヘロヘロじゃないか。諦めたらどうだ・・・」


「諦めやしねえ。俺は颯の相棒だぞ」


「か、かくなるうえは・・・これで、君の心臓を一突きにしてやる・・・」


「ふん・・・最初から出しゃいいのによ」


小室がナイフを構えた。隠していたカードを切ったのだが、淳にもカードはあった。



「小室、テメェがナイフなら、こっちはこんな武器があるぜ」


そう言うと、淳の横に集まってきたのは由依と明日香。さらに美瑠、遥香、李苑だ。


「く・・・卑怯な」

「カードを切っただけだろ?」


「おい、鴻上!」


「ん?・・・清水のオジキ!?」


淳達の背後に、エレベーターから降りてきた清水組の幹部がやってきた。一度淳に負けたが、しぶとく追ってきたようだ。


「横山まで・・・」

「オジキとは10年以上ぶりやなぁ、でもこの状況、久しぶりーなんて言えへんやろな」

「鴻上も、横山も、俺がやってやる・・・」



清水は日本刀を抜き、構えた。由依と明日香も構えたが、その時、新たなカードが切られた。
淳も知らなかったカードが、清水の背後に現れたのである。



「おい、おっさん、待てよ」

「あぁ?誰だ、テメェは」

「物騒なもん持ちやがって、俺が相手してやるから来いよ」


「あ、あの人、誰?由依ちゃん知ってる?」

「知らん、淳は?」


「達哉・・・俺の相棒その2です」

「な、廣瀬達哉だって!?あいつは消したはずじゃ!」

「ああ、あんたがあの時のヤクザの親玉なんだな。手応えがなかったよ、あんなクズ共」


「くぅ・・・」




達哉の登場。状況は確実に追い風に乗った。

壮流 ( 2016/10/22(土) 22:07 )