第1話
クラスメイトの平手友梨奈があるネットゲームにハマっているという情報が広まったのは、中間テストが終わった6月の最初だった。その情報はクラスから学年へとあっという間に伝わっていくことになる。
1年C組の平手友梨奈は学年で一番かわいい女子であるということは男子たち共通の認識であり、そこに異議はなかった。綺麗な黒髪は肩のあたりまで、暇な奴が調査した結果、日替わりのヘアピンは計23種類。ぱっちりした目に唇は薄め、帰宅部ながら運動神経はよく、体育の授業では女子の中で一番はしゃいでいる。
明るい性格で、男子ともよく喋る。かといって媚びるような素振りもなく、女子を敵に回すようなこともない。言ってしまえばでき過ぎな女子だった。
そんな友梨奈がネットゲームに夢中だと知ったとき、意外に思ったやつは少なくないだろう。勝手なイメージだが、ネットゲームなんてくらい人間がやるものだと思っていたからだ。テレビで引きこもりの特集が流れると、そこにはインターネットがもれなくついてくる。ネットゲームのために学校を辞めた、仕事を辞めた、起きている時間はほとんどゲーム。もちろんそんな人は一部なのだろうが、その一部をテレビが取り上げるので、やはりネットゲームの悪い印象は払しょくできない。友梨奈が自分からカミングアウトしなければ、友梨奈とネットゲームを結びつけることはできなかった。
ともかく、友梨奈がネットゲーマーであることを明かしたことで、クラス、いや学年の男子たちが動きだした。友梨奈と同じゲームをはじめることで、友梨奈と共通の話題を持つことができ、接点を増やせる。しかもネットゲームだから、上手くいけばゲームの中でも友梨奈と行動を共にすることだって可能だ。
まったく、男ってのはいつだって浅はかである。
そして初島理央も、その浅はかな男の一人だった。
「母さん、頼みがある」
夕食を作る母の背中に、理央はできる限り真面目な声で言った。
「なに?弟がほしいなら無理よ。私はまだいけるけど、お父さんがもうダメだもの」
「生々しいこと言うなよ!」
というより、妹がいるからもう下はいらない。
「じゃあ何?」
「自分用のパソコンが欲しいんだ」
「『そういうの』観るならお父さんのポータブルプレイヤーがあるでしょ。それを使いなさいよ」
「違えよ!」
「それにお父さんのコレクションの場所も知ってるから、バレないように借りてきなさい。女教師モノが多いけど、贅沢言わないでね」
父が不憫でならない。でも場所はあとで教えてもらおう。そういえば母は結婚するまで中学の教師だった。ある意味で納得した。ある意味ですげえよ父。
「違うんだよ母さん。流行ってるゲームがあって、それがやりたいんだ」
淡々と料理をする母に、理央は切実に訴える。
「ゲーム?パソコンでやるの」
「そう。ネットゲームなんだ。クラスのみんながやっててさ・・・」
「友達がやってるから」というのは小学生みたいな理由だと自分でも思うが、事実、クラスの大半の男子はすでにゲームに参加していて、話題についていけないこともある。
「ゲームだったら、自分のお小遣いで買うべきなんじゃないの?ゆりあはお金貯めてパソコン買ったじゃない」
それを言われると辛い。2つ下の妹は、お小遣いとお年玉を堅実に貯金し、自分用のパソコンを買っている。理央はというと、中学卒業後の春休みに友人と遊ぶために使ってしまい、貯金はほとんどない。
「だからその、出世払いってのは・・・」
「あんたが出世できるとは思えないけどねー」
「それ息子に言うか!?」
「だいたい、出世の定義が難しいでしょ。もし自営業なら何をもって出世とするか決めておかないと」
「そこまで細かい話じゃねえよ!」
くそう。母を納得できないとなれば、父に頼んでも結果は見えている。我が家の財布の紐は母が握っているのだから。
「じゃあ夏休みバイトしていいか?」
自分の金で買えと言われたなら、方法はこれしかない。お小遣いを貯めて買おうと思ったら年単位の話になる。幸い、学校では禁止されていない。
「いいわよ。っていうか、そういいだすのを待ってたんだけどね。どうせ部活やってないんだから、暇な時間で軽く社会勉強してきなさい」
「・・・なんか親っぽい子と言ったな」
「親だからね。ま、『バイトでも結構稼げるじゃん。だったら正社員なんかにならなくてもよくね?』って勘違いしない程度に頑張りなさい」
「また生々しい!」
「ほら、二軒隣の次男くんなんかがそうでしょ?30近いのに」
「やめてあげて!」
こうして、理央の夏休みはアルバイトで埋まることになった。中学時代の友人がすでにコンビニで働いていたので紹介してもらい、自分でも驚くほど簡単にアルバイトを始めるに至る。