01
「雨降るかな」
窓の外を眺めながら漏れ出た言葉。それは希望や願望の類では決してなく、目に映っている景色から冷静に判断した予想に過ぎない。
雲の色は黒々と濃くなる一方だし、その厚みも段々と増していっているように見える。一般的に考えれば、これは雨が降る前兆である。
彼女は思わずため息を漏らした。今朝の天気予報では雨が降るなんて一言も言っていなかった。今日は一日を通して快晴であると断言していたほどなのだ。雨が降るなんて考えもしなかった。
ただ、彼女が漏らしたため息は決して嘘吐きの天気予報に対してではない。そんなちっぽけなことにではない。もっと大きな、言うなれば世界全体にとでも言えばいいのだろうか。
「結局そんなもんなんだ」
世界は正しい、なんて戯言を信じなくなったのはいつのことだっただろうか。子供の頃は全てを信じ込んでいたはずが、今では何もかもを疑うようになった。それは決して彼女がひねくれたというわけではない。いや、全てがそうではないとは言い難いが。
彼女は全てを疑うことを正しいと、それが人間なんだと信じてしまったのだ。高校に入学して早一年。中学校までのゆったりとした世界とは一変した日常に、彼女の心根は少なからず曲がってしまった。
誰よりも特別な、日常への疑念を持った人間になりたい。それが、彼女の望みであった。
「聞いてる、飛鳥?」
そんなことを考えていたからだろうか。彼女―飛鳥は、クラスメイトの声に気付かなかった。
「ごめん、何?」
「もう、相変わらずなんだから。あのさ、あの空席の人まだ一回も来てないじゃん?」
「ああ。あの席の男子?」
「あの人なんだけど、実は……」
クラスメイトはもったいぶるようにして口をすぼめた。飛鳥はそういう態度を取る彼女のことがあまり好きではなかったが、付きまとってくる彼女を引きはがす方法が思いつかなかった。強引な手段を取れば可能であろうが、面倒な波風を立てたくないという思いがあった。
「実は、何?」
「うん。実はあの人、三年も留年してるらしいよ」
「へえ、そうなんだ」
「しかも、それだけじゃなくて。あのね……」
そう言うと、彼女は飛鳥の耳に口を近づけ、囁くように続きを呟いた。
「人を殺したことがあるんだって」