4. 混乱
焦り
美月は坂之上46の事務所に来ていた。もちろん、用件は被害の拡大を抑えるため各メンバーに警護をつけることを了承してもらうこと、そして井上和への捜査協力の依頼。この2点である。
「という事なのですが…お願い出来ないでしょうか?」
なるべく丁重に説明を行い、頭を下げる。
「勿論、各メンバーへの警護はありがたい限りですが…井上の捜査協力は危険すぎます、了承出来ません」
至極真っ当な答え。こう言われることは分かりきっていたが、警護をつけて全員守れる確信があるのならわざわざこんなことはしない。敵の恐ろしさをわかっているからこそ、早急に犯人を逮捕をすることが何よりの安全だと美月は考えている。
「犯人さえ捕まえることが出来れば、グループの皆さんの安全、そして他の女性も守ることが出来るんです…お願いします」
「しかし…堀のことだって結局解決出来なかった君達のことを信用しろと言われても…」
「時間がないんです!既に坂之上46さん全員が標的になっています…。私はアイドルが好きです。キラキラ輝いて、ファンに言葉で表現出来ない力を与えてくれる。そんな女性達を尊敬しています。今回の件が失敗したら、私の実名を公表した上で警察組織を非難して頂いて構いません。被害者をこれ以上出したくない…お願いします」
引き下がらずに懸命に自分の思いをしっかりと誠意を持って訴え続ける。
「しかしなぁ…」
それでも、簡単にはYESとは言えないのは当然だろう。だが、美月の真っ直ぐな要請に決着がついた。
バタンッ!!
大きな音を立てて会議室のドアが開かれた。
「やります!」
どこで聞いていたのか、そう言って入ってきたのは井上和本人だった。
「井上、簡単に言うけどこれがどれだけ危険な事なのかわかってるのか?お前は大事なグループの…」
「わかってます、でもこのまま怯えながら何もせずに毎日を過ごすの嫌なんです、私に出来ることならやりたいんです」
いつもはアイドルらしく明るく輝く瞳が鋭く真っ直ぐに光っている。
「本気で言ってるのか?」
「はい」
判断を渋っているところに決定打となる出来事が。
「失礼します…!昨日から中村と…連絡が取れません…!」
慌てて入ってきたスタッフの報告で井上の協力を決心した。
「2人目か…井上…わかった!責任は俺がとる!ただし…山下さん、この子に何かあったら承知しませんよ」
どれだけ危険な選択かは重々承知しているが、早くこの事件を解決するのが先決であると判断することになった。
「たとえ私が命を落としても、井上さんはお守りします」
美月から放たれた言葉は社交辞令ではない。本気で命をかけようとしているということが、井上にもスタッフにもしっかりと伝わる力強い言葉だった。
会議室から美月と井上の2人が出るとこの言葉の力強さに圧倒されたのか井上はこんなことを尋ねた。
「山下さん…でしたよね?」
「うん」
「初対面の私なんかのためにどうして命をかけられるんですか?」
純粋な質問に美月は少し考えたが、手を後ろに組んで斜め上を見つめながらゆっくりと話し始める。
「うーん…井上さんはさ、いい事ばかりじゃなくて辛いことも沢山ある中でどうして頑張って皆を笑顔にしようって思えるの?」
「それは……」
しばらく考え込む井上。
「アイドルだからです」
「そっか」
スキップをして前に出る美月。その後ろでハッとしている井上。美月の質問に答えたことで、命をかけられる理由がシンプルなものだと理解することは難しいことではなかった。
「刑事さんだからか…」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟く。この人なら大丈夫、そう確信した瞬間であった。

ブラッキー ( 2023/01/28(土) 12:26 )