19 ファースト(男子side)
「ばぁ。」
「みなみさん寝てたんじゃないんですか?」
覆いかぶさるようにしてみなみさんが僕のすぐ上に顔をのぞかせる。ここで僕の中で小さなざわめきが起きる。大きくもないかといって小さくもない風が吹いて僕の心を揺らしてきた。これは本能?そう思った次の瞬間に唇に柔らかい感触が伝わってくる。
薄暗闇の中でも目を閉じた彼女の顔がはっきりと映って見える。思考回路が止まる。何も抵抗ができない。ただ彼女が僕に対して一体何をしたのかははっきりとわかっている。わかっているがこういう時どうすればいいのかわからなかった。
やがて唇の感触がなくなる。だけど、思考回路が止まっては呼吸の仕方さえも分からなくなってくる。
「みなみさん?」
少し上ずった声で彼女を呼びかけるが彼女はまた目をそっと閉じ、僕をまた真っ白な世界へと連れていく。
二度目の感触はまた違って少し乾燥していたが、やがてまた柔らかな感触が戻ってくる。ぼんやりとした頭の中に一人の少女がこっちに向かって何かを呼びかけてくる。その彼女は僕の名前を寂しそうに呼んで遠くへと離れていく。
どのくらいの時間がたったのか、いつの間にかみなみさんの顔が僕のそばから離れていた。そして、その目から薄暗闇に光る涙が伝っていた。
「どうして。」
僕はただ無言でいることしかできなかった。応えることなんてできないし、応えてしまったところで僕に何もできることが無いのだから。
「どうしてですか。こんな事してまでなんで。」
「なんでって言われても僕にはわからないんだ。」
涙ながらに訴える彼女をただ見つめながら僕もようやく動き出した思考回路で冷静に答える。夏なのに背中にひんやりと寒気がやってきて鳥肌が立ち始めた。
「わかってました。振り向いてくれない事なんて。」
「それってどういうこと。」
「生田先輩の事が好きなんです。」
橋本がよく言っていた。告白は唐突なものだから心構えなんてできやしないと。まさに今その状況で僕は目の前にいるみなみさんに告白されたのだ。
「だけど生田先輩は別の人を見てますよね。」
第三者に言われて初めて気付く事。自分でも気づかなかったいやずっと目の前の真実と向き合うのが怖かったんだ。今まで向き合ってこなかったこの感情。
「ありがとう、みなみさん。そして、ごめんなさい。」
彼女は涙をこらえてじっと僕を見て微笑む。ずっと彼女はわかっていたんだろう、それでも振り向いてもらおうと努力をしていたんだ。たとえ僕が違う子を好きになっていても。
「だけどいいんですよ。ファーストキス奪っちゃたんで。」
「それはみなみさんが…。」
「もう寝まーす。おやすみなさい。」
悪戯に微笑む彼女にもう涙の色は無かった。その表情は晴れ晴れとしていて思わず引き込まれそうになる。そして彼女は勢いよくばさりと布団をかぶり外の世界を遮断した。