08 後悔(女子side)
静かな図書館の室内で黙々と勉強する。そんな私を見守るかのように宝条は何も言わず訳の分からぬ英語の本を読み漁っていた。
「あのここなんですけど。」
「ん。みせてごらん。」
笑顔のまま問題をのぞき込む彼に反射的に身を離してしまう。彼はそれに気づいたのか問題用紙を自分の方へと持っていった。
「そんなに僕の事苦手?」
なにかを察したかのように問題用紙を見つめながら語り掛けてくる。社交辞令という言葉があるが私は今回はその言葉の意味に素直に従うことにしよう。首を横に振って否定はするものの彼に伝わっていないのかため息が一つ聞こえた。
「否定はしてくれてるみたいだけど表情にでてるよ。はい。」
手渡されたルーズリーフにはびっしりと数式で埋め尽くされていた。それは今の私の頭の中でもこのルーズリーフみたいに勉強会の妄想でびっしりだった。生田先輩の家は一体どんな家なのだろう。みんなでどんな話をしているのだろう。只々、想像が膨らむばかりだ。
「ほら、集中できてないよ。」
宝条先輩は確かにいい人ではある。多少強引ではあるがこうやって目の前で丁寧に解説だってしてくれてる。しかし、強がってはいたもののいざ現実をみてみると後悔することばかりであった。
「宝条先輩は確かにいい人ですけど、何故私なんですか?」
「何故かねー。運命かな。ビビッと来たんだよ飛鳥さん見たときから。」
ここの大学の恋愛は一目ぼれしかないのか。思わず心の中で突っ込みを入れてしまう。
「そもそも一目惚れしたところでその人の外見しか見てないことになりませんか。」
思わぬ言葉に彼は目を開けて二回ほど頷きながらスイッチが入ったかのように熱弁し始めた。
「そうなんだよ。それは僕も不思議なんだ。一目惚れしてしまったらその人の外見しか見ていないことになる。だけど、実際になってみると面白いもんなんだよ。その人の内面なんて一切気にならなくなるんだから。」
図書館に響く彼の声に思わず人差し指を立てて制止する。周りの反応に気づいたのか冷静さを取り戻し、咳払いをした。その音も先程に比べれば別に気になるものではなかった。
「さて、話を戻そうか。僕と付き合おう。」
こいつはバカなのか。一回そこにある本で頭を叩きたい衝動に駆られる。それに対して呆気に取られている私を見て彼はクスクスと小馬鹿にしているように笑っていた。
「まぁすぐにとは言わないよ。だけど君は最後に僕を選ぶはずだよ。」
私の何を知ってこの人は言葉を発しているのだろうか。心の中のモヤモヤが膨らむばかりであった。私は逃げるようにして荷物を素早く片づけ始める。怖かったというのが正しいのだろう。自分の生末が決まっているみたいで嫌だった。
「もう帰るのかい。もしかして今の言葉で傷ついた感じかな?」
「すいません。そういうわけではないんですけど、またお願いします。」
何故だかうまく日本語がまとまらなくなっている。無造作に勉強道具を詰め込んだバッグを背負って図書館を出ようとした。送っていこうと彼は言うが聞く耳も持てなかった。
外に出ると夕方なのか蜩が出迎えるように鳴き声をあげている。額に少しついた汗をそっとぬぐいながら足元を見つめた。
「どうすればいいんだろ。」
ぽたぽたと落ちていく汗はやがて涙へと変わっていく。悔しいはずなのに自分が何もできないことに劣等感を抱く。
家に戻り扉のポストの中を覗くと一枚の封筒がはいっていた。一瞬、何かのセールであろうと思って破り捨てようとする。しかし、裏の差出人の名前を見た瞬間に破りかけていた手を止めた。
封筒から出てきた一枚の紙には住所と連絡先が書いてあった。
『みんなで一緒に定期テストを乗り切ろう!参加大歓迎』
そう書かれていた用紙をしっかりと握りしめ私はスマホに指をそっとかけた。