28 参考書(男子side)
「何を読んでいるんですか。」
背伸びをしながら彼女は僕の読んでいる本にのぞき込む。そんな彼女のために僕は気を使っては彼女の見やすい位置へと本を持ってくる。内容を見ると眉間にしわを寄せてすぐ目線を本から離した。
「うえ、さっき勉強したのにまだそんな本読むんですか。」
「人の趣味に嫌味をつけないでくれるかな。僕はこういうのが好きなの。」
持っていた流体力学の参考書を片手にまた別の本を探し始める。意外にここの本屋はいろんな本がそろっていることに雅晴は強い興味を抱いていた。
「齋藤さんは何をそんなきょろきょろしてるの?」
横であっち見たりこっち見たり落ち着かない様子を見せていた齋藤さんに声をかける。やっぱり女の子はこういうのには興味がない分気を使わないといけないのが僕にとっては面倒だった。
「自分でもできる参考書を探してるんです。」
参考書を開いてはすぐ閉じの繰り返しをしている彼女に面白さを感じた。それに気づいた彼女はむっとした表情を浮かべた。
「また馬鹿にでもしてるんですか。どうせ、馬鹿ですよ。理科が嫌いですよ。」
飛鳥の強くなった口調に思わずひるむ。はてさてこうも不機嫌になった女の子はどうすれば機嫌がなおるのか雅晴にとっては物理を解くよりも難しいものだった。
とりあえず彼女の機嫌が直るまで僕はまた本を探し続けていた。するとふと一冊の本が目に留まった。
『これで解決!女の子の気持ち。』
まさに今のこの状況にうってつけであった。横目で彼女がこちらの様子に気づいていないことを確認すると急いで目次を開き今の自分の状況にあったページを開く。
『彼女が不機嫌になったらすかさず謝ろう。そして、お詫びに何かしてあげよう』
神様。なぜこの世は女性有利の社会になってしまったのだろうか。雅晴はほかに打開策はないのかと前後のページを探すがそれらしいものはなく雅晴にとっては縁もゆかりもない事例ばかりであった。
しかしこれ以上の打開策がないことは明らかなので素直に本の通りに従うことにした。彼女はずっと本棚の前でうずくまりながら本を取り出してはしまいと慣れたような手つきで繰り返していた。
肩をポンポンとたたくとまだ不機嫌な様子なのかまだムッとした表情を見せる。
「なんですか。なんか様ですか。」
「ごめんってば。いや、まず齋藤さんまったくわからないならこっちやりな。」
僕は齋藤さんの頭上にある本を取って渡す。彼女はその本を無言で受け取りぱらぱらとページをめくる。イラスト付きで分かりやすく自然科学について解説してある本である。
読みやすいのか今までの本よりもパラパラと読み進めている。
「もし、もしだよ。わからなかったら解説するよ。」
「いいんですか?迷惑じゃないですか?」
先ほどの表情とうって変わってまっすぐとした目で見つめてくる。多少の負担はいいだろうしなにせ齋藤さん自身やる気であることに嬉しさを感じていた。
「じゃあ、これ買います。うわっ。」
レジ向かおうと齋藤さんが立ち上ろうとするがずっとしゃがんでいたせいか足がしびれていてバランスを崩す。まさかの僕の胸の中に彼女が倒れこんできた。危うくこちらまで倒れこみそうだったが何とか踏ん張っていた。
「うわっ、ごめんなさい。しびれてしまってすぐ離れますから。」
上目遣いに思わずどきりと鼓動が脈打つ。胸の中で暴れる彼女の髪からふんわりと香る香水の匂いに酔いそうな自分がいたがすぐに冷静さを取り戻す。
ゆっくりと体勢を立て直し、二人で呼吸を整える。雅晴は呼吸を整えなおすと急な寒気が肌を通り過ぎる。こういう寒気がするときは大抵奴が見ている時しかない、そう思って後ろを振り返ってみると予想通り橋本とその隣に呆気にとられた顔をした星野が立っていた。
「あらあら、お二人さん。随分と仲がよろしくて。」
橋本の声に返す言葉がなかった僕はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。