07 泣き虫(男子side)
僕の予想に反して西野教授はピクリともしない。表情は見れないもののパソコンと向かいながらカタカタとキーボードの叩く音が聞こえる。賭けに負けたかと確信し、研究室から出ていこうとしたとき、部屋の奥で急に変なうめき声が聞こえたかと思えば西野教授が大声で泣き始めた。
「ごめんてば。ななが悪かったから戻ってきてやー。」
鼻声交じりの大声で呼び止めてくるのだが、あまりの彼女の声量の大きさに廊下にまで漏れていないか心配になる。てか、こんな大きい声出せるのか。
泣かせている僕も反省しながら西野教授のもとにあわてて寄って行くと急に手を引っ張られ彼女は僕の腰に手をまわして抱きついていた。先輩たち二人はよくある恋愛ドラマの展開を見ているように思わず黄色い歓声をあげた。見ていて恥ずかしそうにしているが見られているこっちもとてもじゃないが恥ずかしい。
「西野教授離してください。大丈夫ですから、やめませんから。」
「いややー。嘘ついてまたどっかいくんやろ。」
火に油を注いだせいか、より一層強く腕に力がはいったおかげで締め付けが強くなっていく。目の前でいつものさっぱりとした彼女とは真逆の急な精神的な若返り彼女が目の前で僕のTシャツに顔をうずめていた。
近くにいた先輩たちに必死に助けを求めることしばらく、ようやく落ち着いたのか腕の力が緩み解放された。いまだに鼻をすすりながら僕のことを充血した目でじっと見つめる。今にもとびかかってきそうなところを先輩たち二人は察しているのか肩を持ちながらなだめていた。まさか、ここまでの効果があるとはお灸をすえすぎたみたい。
「いかへん?ななのこと好き?」
「どーしたんですか。どこにも行きませんし、教授のことは尊敬してますよ。こんな悪戯もうしないですから、泣かないでください。」
とてもじゃないが28歳とは思えないほどの子供っぽさに対応が毎回のように困る。先輩たちがなだめている様子をみていてどっちが年上かわからなくなるくらいだった。
課題もひと段落し、研究室から出るころには西野教授もすっかりいつも通りに戻り笑顔で挨拶を交わした。来る時よりも重くなった扉を閉め、がっくりと肩を落とす。
「疲れたんだろうね。雨だし送っていこうか?私、今日車でまいやん送ってくつもりだから。」
深川さんががっくりとうなだれている僕に笑顔で呼びかける。そういえば、今日奈々未さんから本の入荷連絡が来ていたことを思い出す。今日はこの雨脚では行くのは無理そうなのだがあの人のことだ、今日中に行かないと何かされる。
「すいません。じゃあ、隣町の杜山書店ってところまで送ってもらってもいいですか。」
「うん、了解。いいでしょ、まいやん。」
白石さんはスケジュール帳をながめながら、はーいと一言返事を返し真っ先に深川さんの車へ向かっていく。それを微笑ましく見ている深川さんを見ていて、自分もここまで心がきれいならばなと先ほどの行動を悔やみながら雨が強く降る中車へと向かっていった。