04 紙切れ(女子side)
飛鳥の頭にはかつての二人で本屋のことに行ったことが浮かぶ。今では遠い記憶のように霞んできている。そして、いつも思い出してしまうのはみなみを呼び止めた時の声が頭に響く。振り払おうと頭を振っても、どうしても抜け落ちない。最近では挨拶はできるようにはなったが明らかにみなみへの対応が以前とは違って私には見えた。蘭世はそんなことはないと言っているがどうしても気になってしまう。
「好きな人ができた時ってその人のこと忘れたくても忘れられないのよー。」
冊子を見ながら奈々未が呟く。思わぬ奈々未の一言に一瞬にして記憶の世界から引き戻される。
「な、なに言ってるんですか。」
「ん?私はただ独り言をいっただけ。それとも、図星だった。」
悪戯っぽく笑みを浮かべ、椅子からすっと立ち上がりゆっくりと従業員室へと消えていった。カウンターの外でスマホ画面を眺める。トーク履歴にはクーポンのお知らせ程度で頻繁に連絡をとっているといえば蘭世くらいだ。
「あの、レジお願いしてもいいすか。」
どうやら、今現在この店内にいた唯一のお客だがどうやら買うものが決まったみたいで暇をしているバイトの私にレジをお願いしてきた。慌ててスマホをしまいカウンター内に入り商品のバーコードを読み込んでいく。
「全部で5420円です。」
改めて買った商品のタイトルにちらっと目がいく。どれも難しそうなタイトルばかりなのだが、三冊のうちに共通しているものが宇宙について。丁寧に本を袋に詰めていきながらまた生田先輩の顔が頭に浮かぶ。ここで、ため息を吐くことはいけないと必死にこらえる。
「あの、齋藤飛鳥さんですよね。乃木大の。」
「え、そうですけど。なんかありましたか。」
「よかった。人違いじゃなくて。」
安心しきったのか彼の表情が緩む。めんどくさくなりそうな展開にないそうだと感じた私は袋を彼の前に差し出す。そして、ありがとうございますと一言いって帰らそうとしたが、彼は一向に帰らそうとせず私にむかってしゃべりかけてくる。
「僕ね君のことが気になるんだ。」
思わず胸の奥がドキリとなった。特にうれしいわけでもなくただ毛嫌いするわけでもないただその言葉を聞くことしかできなかった。ただ、心の中で何かが引っかかっている。
「ごめんね。突然変なこと言って。僕自身もこういうことなんて言っていいのからさ。」
「いえ、別にそれはいいんですけど。」
彼の苦笑いに戸惑う。あっていきなり気持ちを伝えられてどうすればいいかわからない。ただ、どことなく雰囲気が生田先輩に似ていて私の中で心がざわつく。こんなとき、普通の女の子はどんな返事をするんだろう。すぐそばにいるのなら飛びついて聞いてみたい。向こうもあきらめたのか会話が途切れると、カウンターの上に紙切れが1枚置かれる。
「僕も乃木大なんだ。困ったことがあったら聞いてよ。」
そのまま彼は袋を持ったまま店を出て行ってしまった。カウンターに置かれた1枚の紙きれ。どうしたものかと悩んでいると急に視界から紙切れがなくなる。
「なになに、教育学部理科コース3年、宝条幸宗。でIDが...。あんた、意外にやるのね。」
「違いますよ、勝手においていったんです。」
慌てて取り返そうとするも両手で空をきっているかのように飛鳥は奈々未に遊ばれていた。誰もいなくなった店内にただ二人だけの騒ぎ声が響く。しばらくして、このからかいに飽きたのか飛鳥のほうに紙切れを渡す。完全にからかいに敗北した飛鳥は多少ふくれっ面になりながらぶっきらぼうに紙切れを取り戻す。
「せっかく、知り合いに部屋確保してもらったのにその態度はよろしくないんじゃないの。」
「え、見つかったんですか。」
まさかこんな短時間で見つかるなんて思っていなかった私は思わず驚きの声があがる。不敵な笑みを浮かべながら私を見つめてくる。何としても教えてほしいがどうしても言葉が出てこない。さすがにこの件に関しては奈々未さんはからかいもせず素直にメモを見せてくれた。
「家賃も距離もそこそこなところでしょ。どうかしら。」
どうもこうも今まで調べた中で一番いい条件である。私はすかさず2つ返事で返事をした。よほど私が嬉しそうな様子を浮かべているのか、よしよしと奈々未さんが頭を撫でてくる、もう反撃をする気が起きない私はされるがままにされていた。
「あなたって意外にちょろいのね。」
この人の対応の仕方にはいつまでも困る飛鳥であった。