30 互い(男子side)
「おまたせしましたー。こっちがきつねうどんでーす。生田君は釜揚げうどんねー。」
優里さんが意気揚々と注文したものをテーブルへと置いていく。最後に知り合いという事で何故か天ぷらをいくつかサービスしてくれた。
「うふふ、ラッキーやね。教授でよかった。」
こんなところで教授であることに幸福感を得るのは普段一体どのくらいの損をしているのか気になってしまう。もぐもぐと静かにうどんをすすりながら食べ始める彼女。
「ところで教授って、ここだけの話恋人はいるんですか。」
箸を進めていた教授の手がぴたりと止まる。地雷を踏んでしまったのかと心配になり、思わず苦笑してしまう。我ながら失礼なことだと思ったがこうするしか空気を元に戻す方法しか知らなかった。
もぐもぐと西野教授は斜め上の天井を見上げながら静かに口を開く。
「恋人は今はいいひんよ。やけど、そろそろ新しい恋をはじめんとね。何やかんやで28やし。」
「そうなんですか。西野教授ならすぐできると思いますよ。僕がいうのもあれですけど。」
曇りがちな眼鏡を人差指であげながらすかさず言葉を返す。西野教授が思っている恋愛とは何なのか。うどんをすする音と店の曲だけが耳に入り、二人の間に会話が出てこなくなる。
「ふー、じゃあもし生田君が卒業するときにななに恋人がいなかったら、その時はななのこともらってな。」
「面白い冗談ですね。もしその時になったら考えさせてください。」
「じゃあ、今度はななから。生田君は齋藤さんのことが好きなん?」
好き?
いつの間にかうどんを食べ終わり、優雅にお茶をすすりながら僕をやんわりと見つめる。
それが何故か攻撃的に見えてしまうのは僕の勘違いだろうか。言葉の選択肢に気をつけながらなんとか返す言葉を組み立てる。
「飛鳥さんは可愛い後輩なだけですよ。」
「可愛い後輩ちゃんにあんなデレデレなんてせえへんよ。」
デレデレなんてしてたのだろうか、だけどはたから見てた第三者の目にはそう映ってしまったのかもしれない。この人は一体どんな答えを出せばこの空気から逃げだせるのか勉強と恋愛は全く違うと実感させられる。
「教授が何を思っているか知りませんけど、どんな感情も抱いていないですよ。」
そういった途端に眼鏡がそっと外される。視界がぼやけて西野教授の表情が分からない。ただ、彼女の口が動いていることがぼんやりとわかる。ただそれが耳に届くことはなかった。再び彼女が眼鏡を返したころにはすっきりとした顔をしてお茶をすすり始める。