27 憧れ (女子side)
5月のことが頭に浮かぶ。まだあの頃は、謝りもできていなくて気まずい関係だった、しかし今になるとこんなに近くて気軽に話せる仲にまではなったと勝手に私は思っている。
そんな中、飛鳥の中で緊張感が漂う。先程まで存在を消していた西野が本に興味を示し覗き込む。女の第六感というものなのか、飛鳥は西野の行動に違和感を覚えた。
「うーん。わからへんから生田君にパスッ。」
彼女はそういいながらまた席に座る。その一瞬に西野教授と目が合ったが思わず身震いがした。何とも言えないこの敗北感、大人な女性というだけでここまでメンタルがやられるとは考えてもいなかった。
「余弦定理って覚えてる?」
ただ漠然と高校の数学の授業をうけていた私にとっては定理や原理などかつての偉人の考えはどうでも良くて受け付けないの一点張りで通してきた。しかしながら、彼との会話をつなぐ点においては今ここでもう少し勉強しておくべきだったと後悔している。
「すいません。高校だと数学は全くダメだったもんで。」
バスが小刻みに揺れる中で彼は一生懸命に余白に余弦定理の説明を書き込む。何もそこまで必死になってもと思ったが彼のことだからと勝手に納得をしてみる。それにしてもかれの声がなんだか心地よくて素直に耳に入って、脳に静かに染み込む。
「これをこうするとここの角度が求めることができるんだけど。」
漠然とした記憶から静かに書いてくれた図形としたような教科書のページが浮かび上がる。
思わずあぁと声がこぼれてしまう。よく恋をすると学習効果があがると聞くがこういう事
なのか。彼に見守られながら私は参考書を読み進めていく。
後ろからの動く気配を感じてふと顔を見上げてみると彼は慌てて帰る支度をしていた。
虚しさがこみあげてきて、心臓が縮こまってくるのがわかる。いつの間にこんなに寂しさが強くにじみ出てしまうくらい弱くなったのかな。
「ごめん。僕ここで降りないと。また、なんかあったら聞いて。」
「あっ。」
引き留めようにも声が出なくて、ただ後ろ姿を見る事しかできなかった。窓の外を眺めると西野教授が先程とは違った表情でムスッとしている。それを困った顔で何かを訴えている生田先輩。あれではまるでカップルのケンカみたいだ。その光景に羨ましく思う自分がいて思わず憧れをいだく。あそこにいる相手が私だったらと考えるだけで顔が熱くなるのがわかった。
バスが音を立てながら運転を始めた。だんだんと遠ざかっていく二人を見ながら複雑な思いを抱える。