25 追走(女子side)
走っていてすぐ息が切れるのがわかる。まさか、こんなところで自分の体力に対して初めて不満をもつとは。足をとめながらも少し小走りに走る。
こうなれば意地でも。そう思いながら、飛鳥は足音がエントランスのドアをくぐった。
小雨程度だが雨が降っていた。しかし、傘をさしている余裕なんて無かった。むしろさしたら、走ることも苦難である。もはや、目的なんて忘れて無我夢中で私は走った。
「もう….無理。」
足がぴたりと止まる。足を止めていたせいか、呼吸が乱れ始める。小雨が降る中でもう少しで校門というところで私は一人、近くにあった桜の木にもたれた。4月までは綺麗に咲いていた桜の木も今となっては面影をなくし、すっかり緑色に染まっている。
「もういいや、帰ろう。」
車の走り去っていく音が近づく。うっすらと汗がついた前髪を整え、歩き出すが脳裏に先ほどの女性がよぎった。まさか、前にプリクラにうつっていた時の人なのか。考えに考えを重ねていくがむしろそれが負のスパイラルとなり私に絡みつく。
「あー、無理無理。」
鉛色の空に向かって叫んでみる。返答もないし、周りの学生が傘を軽く上げて私を見てはそのまま通り過ぎていった。
車の音に交わってバスの重たい音が聞こえてきた。まずい、これを逃してしまうとしばらくは来ない。せっかく整えた呼吸や前髪を乱れる覚悟で再び走り出す。
校門を出てバス停を目指す。駄目だ、間に合わない。待ってくださいと叫ぶもバスはいう事も気かずただバスの戸が閉まる音だけがこだまする。もう諦めようとして、バス停から出ていくバスを眺めた。必死に走っていた自分が馬鹿らしくなってくるが、小走りになりながらバス停へと向かう。
次のバスまでなにをしようか、考えていると目の前のバスが赤ランプを光らせて急停車する。こちらの存在に気づいたのか、思わぬ出来事に慌ててバスへと乗り込む。
「すいませんでした。」
運転手に声をかけ、バスの中へと入っていく。すると、見慣れた顔が私の目の中に映り込む。疲れとは違った心臓のドキドキがどんどんと音を大きく鳴りはじめる。
「お疲れさま。飛鳥さん。」
「なんでここに。」
目の前に笑顔で手を振る彼に驚きの声が出てしまう。彼のもとへと歩みよると席を立ち、招こうとする。必死に首を横に振るがしまいには彼が私の腕を引っ張り席へと押し入れる。たまに見せるその強引さに困惑する私。
「あら、齋藤さんやないの。」
突然の後ろからの声に不意をつかれ、すかさず後ろを振り返ると西野教授が笑顔で迎えてくれた。一体何がどうなっているのか頭の中の処理がつかなくなって混乱する。
「教授がいきなり声かけるもんだから、びっくりしているじゃないですか。」
「ええやんか、私はそんなに怖くあらへんもん。」
ひょっとして先程から一緒にいた女性は西野教授なのか。そう思うと私の中でストンと何かが落ちた感覚が生まれた。西野教授なら、そんな安心感が生まれて先程まで荒れていた波が落ち着き始める。そんな余裕からか勉強をしようと読み進めていた参考書を開く。
寝る前にいつも読むのだが、昨日は一体どこまで読んだのだっけ。思い出しながら見覚えのあるページを次々とめくっていく。ようやく、考え過ぎて寝落ちしたところを思い出しめくっていく。この際なので、わからないところは聞いてしまおう。
「生田先輩、ここ教えてください。」
彼は子供のように瞳をキラキラとさせて参考書を手に取る。変わっている人だとやっぱり思う。私に見せる顔がコロコロと変わっていてそれが私を楽しませてくれる。