24 急停車(男子side)
やがて、バスがこちらに向かってやってきて扉が開く。西野教授に続き僕もバスに乗り、扉が閉まろうとした。その瞬間に聞こえた、待ってくださいという声。
「すいません。停めてください。」
僕は慌てて運転手に頼みに入った。運転手も驚いたようで慌ててブレーキを踏み、バスが急停車し扉が開く。外からは息を切らした飛鳥さんが手すりを使ってバスに乗ってくる。
「すいませんでした。」
運転手に声をかけ、ふーっと安堵の息を吐いて顔を上げると、僕と目が合った。
「お疲れさま。飛鳥さん。」
「なんでここに。」
息が切れているせいかよろよろと僕の元へと近づくがその足がぱたりと止まる。僕は座っていた席を彼女に譲ろうと席を立つ。彼女はぶんぶんと首を横に振るが無理やり手を引っ張って座らせる。
「あら、齋藤さんやないの。」
西野教授も気づいたのかすぐ後ろの席から彼女に声をかける。そうか、一応この人の講義があるんだった。
飛鳥さんは教授がいたことに驚きを隠せないのか、反応に困っていた。
「教授がいきなり声かけるもんだから、びっくりしているじゃないですか。」
「ええやんか、私はそんなに怖くあらへんもん。」
自信ありげに答える西野教授。いやいや、たまにさらっと恐ろしいことを言いますからねと危うく言葉が出そうになる。飛鳥さんもただ苦笑いを浮かべながら鞄の中から一冊の本を取り出し、眺め始める。
「えらいもんやね。バスの中まで勉強するなんて。」
彼女の邪魔をしちゃいけないと西野教授に向かって人差し指を立てて静かにさせる。ムスッとしたのか黙って窓の外の景色を始めた。先ほどまでの人見知りの彼女が少し恋しく思えてくる。
「生田先輩、ここ教えてください。」
一冊の本が視界に入ってくる。僕があげた参考書を読んでたんだ。思わず感慨深くなる僕だったが西野教授もわざわざ席を立ちながら内容を読もうとし始める。一緒に見るもんだからついつい顔が近くなって髪の毛が僕の鼻先に当たりくすぐってくる。
「うーん。わからへんから生田君にパスッ。」
そういって顔をあげると僕の鼻に頭がぶつかり、思わぬ激痛が走る。必死に鼻の頭を押さえながら激痛に耐える。二人とも気づいていないのかなんとも気にしていない様子だった。なんだか恥ずかしくなって参考書で自分の顔を隠すように読み始める。
「余弦定理って覚えてる?」
「すいません。高校だと数学は全くダメだったもんで。」
申し訳なさそうにする彼女を責めるつもりは全くなかった。ペンをリュックから出して彼女の参考書に書き加えていく。バスが揺れるせいか文字が乱雑になっていく。
「これをこうするとここの角度が求めることができるんだけど。」
あぁと思い出したように彼女は納得していた。夢中になっていたせいか二人の顔が近づいていることに気付く。西野教授とはまた違った髪のにおいが湿気と混じって一瞬思考回路が止まる。彼女は何も気にしていないかのように教えたことを参考に読み進めていった。