23 厄介(女子side)
ふいに頬がつねられる。心配した表情の蘭世が私の目に入って,思わずえっと声をあげてしまう。上ずった声が教室に広がり数人残っていた学生が声の主を探そうとちらちらと探す。
「飛鳥ちゃん、何か悩んでるの。」
この際だから話しておくべきだろう、いづればれてしまうだろうから。否もしかしたらもうこの子にはばれているのかもしれない。話そうとして口を開くが目の前に笑顔で図面を眺めているみなみが映る。
やっぱり、言えない
「ううん、何でもないよ。先輩達も来てくれるんなら、早く決めちゃおうか。」
無理に笑顔を作って見せる。自分でも顔が引きつっているのがわかる。上手くできていたのか蘭世はそっかと言いながら再び作業に戻っていく。
あっという間に時間は過ぎ、買うものもようやく決まり終えた。みんなは伸びながら達成感に浸った顔つきをしていた。土曜日にはいよいよ引っ越しというのに心に余裕がなかった。6月に入ってからは降りしきる雨のように次々といろんな事に巻き込まれていく。先週もそうだ。図書館に行ってわからないところを直接聞こうと生田先輩を呼び出そうとした時にいらぬ邪魔が入った。
『気が合うね。そこは普段僕が座っている席だよ。』
宝条幸宗。いつの間にか私の目の前の席に優雅に座っていた。
その光景を思い出す度に心が重たくなる。あの生田先輩に似た独特な雰囲気だが性格が真逆に見えた。これが彼だったらと思うと途端に現実に戻る。
「あのさ、宝条幸宗っていう先輩知ってる?」
その名前を聞いた瞬間、3人は首を傾げた。知らないのも当然か、この大学自体マンモスこうだというのだから。
「それって、理科の人だよね。」
未央奈のこういうところが怖い。大きな瞳孔に見つめられ、喉が一気に乾いていく。
「こっちでは有名な人だよ。成績優秀だし、女子に嫌われる要素は一つもないって聞くよ。
特に物理とかにおいては天才って言われてるみたいだよ。まあ、あくまで聞いたことだからね。」
電子辞書の解説かのように淡々と説明していく堀。その情報は飛鳥にとっては大きな疑問が鉛のように残っていく。
とりあえず身に感じたことは厄介なことに巻き込まれてしまったことだった。解説を終えたというのに未央奈はまだ私のことを見続ける。そんな視線が耐えられなくなる。
「私、今日バイトだから帰るね。」
そういって席を立ち、廊下に出ようとする。去り際にみんなからまたねと挨拶され小さく手を振る私。この後、彼女たちはどんな話をするのか気になって仕方なかった。嘘をついてまで帰るようなことじゃなかったなと廊下から見える外の景色を見ながら後悔をする。
すると、一組の男女が目に入った。生田先輩と誰。窓に張り付きながらも見ようとするが、雨が邪魔で顔まではっきりと見えない。急に胸の高鳴りを感じた。それを打ち消すかのように私は走り出す。はっきりと自分の目で真実を確かめたい。ロングスカートをひらつかせながら全力で廊下を駆け抜けた。