22 お誘い(男子side)
「えーっと、お邪魔やったね。」
「あーっ西野教授。どうかしたんですか。」
そそくさと帰ろうとする彼女に慌てて声をかける。人見知りのせいなのかいつも僕と橋本に見せる強気な彼女がいつにもましてお淑やかな人になっているのは気のせいではないようだ。
「いや、今日は早めに仕事が終わってん。だから、帰るときに生田君いるかなって。」
どぎまぎと答える彼女に心配をしてしまう。後ろを振り返ると橋本は顎で外いって話して来いと合図をだしていた。他の2人も察しているのか何も言わず早くいけと口パクで催促する。
「西野教授、ここだと話しにくいだろうから廊下行きましょう。」
黙ってうなずく西野教授と二人廊下にでる。彼女は緊張していたのかふーっと肩の力が抜けていく音が聞こえた。
「珍しいですね、こちらに来るなんて滅多にないのに。」
「そうやっけ、それは生田君が気づいていないだけでたまに様子見に来たりしてるんやけど。」
彼女は廊下の窓から見える紫陽花の花を見ながらそっと答える。私服のせいなのか、可愛らしい女性に見えてしまう。窓に白い息がかかり指でそっとなぞっていき何かを書いている。
「ほんとは頑張っているみたいやったから、息抜きにでもご飯でもどうかなっておもったねん。」
ぎこちない理由がなんとなくわかった。あそこでは確かに言いにくいことではあるな。しかし、橋本たちにはどうやって説明しようか。せっかくのお誘いを断るわけにもいかないし、あの3人をほっとくわけにもいかないな。
すると、扉が開く音が聞こえ3人が荷物を持って出てくる。
「生田、俺ら集中力切れたから帰る!」
そういって、彼らはそそくさと僕のことを置いて帰っていく。何があったのか西野教授も口を開いて呆気にとられている。スマホに新着メッセージが来ていて橋本から『貸2』とだけメッセージが来ていた。まさかとは思っていたが、聞いていたのだろうな。
「帰っちゃったみたいなんで、行きましょうか。」
「そうみたいやね。」
彼女が先に講義室へと入っていく。僕もそのあとに続いて入ろうとしたとき、窓のほうを見ると彼女が書いたと思われるハートマークの形がくっきりと残っていた。そんな、普段見せないような仕草が子供らしいと思えた。
「やっぱり、ここは古いんやね。雨漏り少ししているみたいやし。」
ぶつぶつと独り言をつぶやきながら木の木目をなぞる。僕は片づけをしながら、西野教授の独り言に耳を傾けてはたまに相槌をうったりした。
外に出ると雨が上がっていて、コンクリートからは何とも言えないような匂いがでてきていて鼻につく。最近の梅雨に対し僕はバイクではなくバス通学になった。西野教授はもともとバス通勤だったので2人でバスの通り道にあるおいしいうどん屋さんに行くことになった。なんとも彼女らしい選択肢だったのでこちらとしても気を遣わずに済んだ。
うどんが楽しみなのかさっきから隣でつま先で背伸びしたり、体を横にゆらゆらさせたりと落ち着きのない様子を見せる。ほんとに教授なのかなと思いながらも内心面白がって止めようと思わなかった。