02 April (西野ver.)
これは一年前の入学式前のお話。
「では、西野教授。明日から新入生の担当教授よろしくお願いしますね。」
「でも、私なんかにできるんでしょうか。人見知りやし。」
思わず不安を先輩であり理科コースの主任である設楽教授に呟く。彼は大丈夫と一言力強い言葉をかけてくれるが私に届くまでにはその力も弱まっていってしまう。
「僕も最初の方は不安だったけど、ほらまだ日村さんもあんな感じだし学生も大人なんだから。」
思わず納得がいってしまう自分がそこにいた。日村准教授は設楽教授と同期みたいで地学を専門としている。いつも設楽教授にパワハラまがいのことを受けて私は心配しているが本人は同期ならではのことみたいで楽しんでいるみたい。
「西野はネガティブだからな。ただ、立派な研究者でもあるんだから。自信もって学生と向き合いな。」
「わかりました。じゃあ、また何かあったら来ます。」
設楽教授はおうと一言返事をし、デスクへと戻っていった。研究室から出ると待っていたかのように学生二人が私のもとへとやってきた。
「教授探しましたよ。研究テーマ持ってきたんでゼミにいれてください。」
「まいやん。そんなにがっついちゃだめじゃん。西野教授びっくりしてるよ。」
資料を抱え込みながら私に訴えかけてくる学生。正直びっくりしている。まさか自分のもとへ研究がしたい子が来るなんて。
「わかったから、とりあえず研究室に行かせて。」
思わず頬が緩んでしまう。たぶん私はうれしいんだろうな。私は照れている自分を実感しながら二人の学生を連れ、研究室へとはいって行く。ここ一年で学生をこの空間にいれたのは数人しかいない。
「じゃあ、白石さんと深川さんやったっけ。研究したい内容見せて。」
西野は覚えている学生は少ないものの二人のことはよく覚えている。なぜなら下の名前が二人とも麻衣だから。仲のいい二人は学校でも評判であり白石は女神、深川は聖母と学生から賞賛されるくらい。
そんな二人を研究室にいれることは西野にとってものすごいプレッシャーになっていた。
「うーん。深川さんのはこっちで面倒みれるんやけど、白石さんのはな。うーん。ななが教育系も勉強していればいいんやけど。」
「だめそうですか?」
白石が不安そうに見つめる中、西野は何か解決策を考えた。せっかく調べてきたことだし、わざわざやりたいことを否定するのはよくない。しばらく考えた結果、西野は自らが努力するよう努めることにした。
「わかった。ななも教育系の勉強するから、知識不足かもしれんけど面倒見る。」
二人は不安げな表情から一変し、喜びに満ちあふれていた。そこから、三人は年もそこまで離れていないせいか話が盛り上がる。
気づけば夕暮れ時、二人はこの後明日の準備があるために申し訳なさそうに帰って行った。
静かになった研究室。西野は急に静かになった空間に小さくため息を吐き、冷めてしまったコーヒーを一気に飲んだ。三人分のコップを洗いながら夕日が差す窓を眺める。
「明日からどんな子がくるんやろな。」
水音が彼女の声をかき消す。コップをしまいデスクに戻り、引き出しを開ける。その引き出しは特別で一枚の封筒と指輪しかいれていない。
手紙には『これはあの子がいつも持ち歩いているものでした。七瀬さんお元気で。』と書かれている。短い文面だが西野にとっては大切なものだった。
封筒から出てきた一枚の写真。そこには照れる西野と肩を並べて明るい笑顔でいる男が写っていた。そんな写真の指輪が今も懐かしく思える。
「全く、こんな寂しがり屋おいていくんやったら、もっとマシないなくなり方あったやん。」
写真の彼に語りかけても返事は返ってこない。あれから一年か、私は少しは強くなったのかな。ブラインド越しから見える夕陽を見ながら、彼の言葉を思い出す。
『俺と七瀬だったらまたどこかで出会えるよ。きっと。』
椅子をくるくると回しながら、溢れそうな涙を堪える。私はこの言葉を信じると決めた。そして、後に入学式に出会う、生田雅晴という青年が偶然にも写真に写る彼と似ていることは彼女自身神様の悪戯なのではないかと感じ始めた。