01 April (桜井ver.)
「兄さん、もうご飯できてるのに帰ってくるの遅いって。門限すぎるんだったら連絡してって言ってるでしょ。」
「んなこと言ったら、毎日門限すぎるんだから仕方ないだろ。」
やっとの思いで帰ってきたのに玄関でいつもの恒例、妹である玲香の説教。門限を過ぎる際には連絡をやるのが桜井家のルールであった。長男である桜井紫音は昔からそういう連絡ごとが苦手の様ですぐ忘れてしまう癖がある。
「玲香。飯さ、ガレージに持ってきておいて。」
「自分で持ってってよ。私にも用事ってものがあるんだからね。」
「はいはい。生徒会長様は毎日お忙しいようで、じゃあよろしく」
「ちょっと、もー。」
呆れる玲香を後にし、紫音は自分が作業を行っているガレージに入っていった。数年前まで車がこのガレージに入っていたのだが、紫音の進学に合わせ作業部屋にするため父親が新しく駐車場を作り、紫音にこの場所を与えた。
真っ白な紙の上に水性の絵の具で染めていく、自分が思い描くものを自由にこの紙に描いていった。器用に抽象画を描いているとガレージのシャッターの音が聞こえた。
「はいこれ、夕ご飯。お代わりまだあるらしいから食べたいとき言って。」
俺は作業をいったん中断し、夕食をとることにした。玲香は俺が食べ終わるのを待ってるのかガレージ内をウロウロしていた。
「んだよ、じろじろ観るなよ。まだできてないんだから。」
まだ描きかけの作品を観ながら玲香はずっとその場から動かないままでいた。やはり兄弟なのか真顔になると怒ってるように見える。内心紫音は玲香の方が怖いのではないかと思っていた。
「やっぱり大学楽しい?」
「まあな、好きなことできるし。楽しいよ。お前は頭いいから、俺と違って大学の選択肢は大幅にあるんだから俺より楽しくなることは保証してやるよ。」
「なにその上から目線。だけど兄さんも努力したじゃない、雅晴さんと恭大さんと同じ乃木大に行くって。」
玲香は荷物を置いている棚の方へ行き一枚の写真を手に取り眺めた。そこには楽しそうに卒業証書をもっている三人の青年が写っていた。
「まあな、あいつらのおかげもあるし。あと、筆記はお前に世話になったし。ごちそうさま。」
こうやって馬鹿にはしてきているが俺が受かった時に一番に喜んでいたのは玲香だった。受験前日に泣きながら夜中に家を飛び出し神社にお参りしたという奇行に走るくらい心配したらしい。
「はいよ。じゃあ、作業の方頑張ってね。」
「あー!玲香ちょっと待て。」
いつものように片付けを済ませガチャガチャと食器の音を立てながらガレージから出ようとする玲香を大声で引き留めた。玲香は急に来た大声でびっくりして危うく茶碗を落とすところ慌てて態勢を整える。
「ほい、ブレスレット。実習で作ったからやるわ。」
「そんなことで引き留めないでよ。びっくりするじゃん。早く作業戻って、明日なんでしょ提出?」
鞄から講義の時間に作ったアクセサリーを玲香に渡す。怒った素振りを見せながらも玲香の表情は笑顔だった。首元をみると初めて紫音が作ったアクセサリーであるネックレスが不格好ではあったが光り輝いていた。