旅立ち
色々なことがあった2019年が残り僅かになった頃、美音の元に進士から一件のメッセージが届いた。
「大事な話がある。俺の部屋に来てほしい。」
11月22日、良い夫婦の日や令和初日の結婚ラッシュにあてられて、プロポーズされる可能性や既成事実をと、いきなり性行為に走られることを予想して、出かける前に、美音はシャワーを浴びて、最寄り駅に着くと、トイレで消臭スプレーを自身にかけるのだった。
しかし、現実はその真逆だった。
進士は、寒いはずなのに、部屋の前に立ち、キャリーケースとお出かけのコーディネートをしていたのだ。
「進士君。どうしたの?」
「美音。これを。」
進士は封筒とリングケースを美音に差し出した。
「この箱ってもしかして?」
「俺は母さんを迎えに行く。けど、美音のことも大切で、気持ちを伝えずには出発出来ない。俺、百田進士は世界中の誰よりも向井地美音を愛している。帰国したら、俺と結婚してほしい。」
「馬鹿。そう思っているなら、私の左手薬指に指輪填めてください。」
「解った。・・これで良い?」
「約束して。義母さんがもしお骨になっていても、人を殺さずに、生きて帰ってくるって。」
「勿論。」
進士と美音はお互いに心から込み上げてくるものがあって、どちらともなく、抱き合った。
「美音。キスして良いか?」
「普通こういうときに聞きますか?」
「悪い。」
進士は美音の唇を奪い、その口内に自身の舌を入れた。
美音もそれに応える。
しかし、次に二人がやることは、性行為ではなく、下手をすれば永遠になる別れ、その為に、お互いの酸素が薄れるまで続いた。
「ぷはぁ。・・美音。こいつはもらって行く。そして、必ず本懐を遂げて、嫁として迎えに行く。」
進士の右の手首には光圀の恩人の美音が填めていたあのリストバンドが填まっていた。
「恋愛禁止のアイドルを続けながら、待ってます。後、行ってらっしゃい。ダーリン。」
「行ってきます。細井支配人達によろしく。」
進士は美音から身体を離し、キャリーケースを持ち、出発して行った。
進士の姿が見えなくなると、美音は光圀に電話をかけた。
「百田君、未来の旦那が出発したみたいだな。」
「どうして、大塚さんはあのリストバンドを見つけたんですか?」
「ちょっとお馬鹿な魔法使いのお節介さ。それに大事な物は肌身離さず持っておくもんだしな。」
「やっぱり大塚さんには敵いません。ありがとうございました。」
「そんじゃあな。」
「失礼します。」
美音は左手薬指から指輪を外し、リングケースに戻し、手紙と一緒にポシェットに仕舞うと秋葉原を目指して歩き出した。
その顔は晴れやかで、瞳の奥には進士の姿がくっきりと映っていた。