父娘
光圀は、暗がりに立っていて、その向こうには莉乃にそっくりな少女が立っていた。
「父上。早くこちらに来てください。」
「千尋?分かった。今、行くぞ。」
しかし、光圀の身体は植物のつるによって拘束されていて、一歩も動けない。
「くそっ。」
「父上!」
「千尋。俺は命が続く限り、必ずお前の元に行くぞ。だから、待ってろ!」
「はい。」
そこで光圀の意識は夢から解放される。
「莉乃?」
「残念。キスマークでも付けようと思ったのに。」
「シャワー、浴びてくる。」
実際、光圀の身体は夢の影響か、汗の量が多かった。
シャワーから戻った光圀に出された朝食は豚骨ラーメンだった。
「なんで、豚骨ラーメンなんだ?」
「顔に書いてあるって。千尋のことを迎えに行きたいって。」
「ありがとうよ。」
朝食を平らげ、服を着込み、二人は莉乃の実家、大分県に向かって出発した。
高速道路に乗ったところで莉乃のスマートフォンに着信が入った。
「お母さん。どうしたの?」
「大変なんだよ。莉乃。千尋ちゃんが急に泣き出して。」
「お腹が空いているんじゃないの?」
「離乳食はあげたし、オムツも替えたんだけど。泣き止んでくれなくて。」
「お父さんとかお兄ちゃんが抱っこしたんじゃなくて?」
「家には今、私だけよ。」
光圀は莉乃の様子を横目で見ていた為、何かがあったことを気がついた。
「もしかして、千尋が泣き出したのか?」
「光圀。そうなの。」
「電話を俺につないでくれ。」
「はい。」
莉乃は光圀の耳元にスマートフォンを近づけてあげた。
「義母さん。光圀です。」
「あぁ、光圀君。あまり泣かない子だから千尋ちゃんへの対応が大変なのよ。」
「義母さん。近くにCDを再生できる機械、コンポやプレーヤーはありますか?」
「押入れにあるとは思うんだけど。どうするの?」
「AKB関連の曲をかけて莉乃の、母親の声を聞かせてあげるんです。二人だけのときによくやっているんです。」
「でも、千尋ちゃんを一人にするわけには・・・」
「義母さん。電話のシャープボタンを押して、スピーカーモードに切り替えてください。僕が時間稼ぎをしますから。」
「わかったわ。はい。お願いね。」
光圀は深呼吸をして、口を開いた。
「♪水戸黄門のテーマ♪」
光圀はあろうことか水戸黄門のテーマをアカペラで歌いだしたのだ。
すると、千尋の泣き声が止んでいった。
○
光圀達は、予定よりも早く大分県に到着した。
「千尋。」
光圀は義母さんに挨拶も交わさずに千尋を探しに向かった。
千尋は、光圀を視界にとらえたのかにっこりと笑った。
そして、口を開き、言葉を紡ぎだした。
「パー。・・パー。」
「千尋。あぁ。パパだよ。」
「パー。・・パー。」
光圀は、愛娘の千尋に完全に父親として認められたようだ。