01
人には誰しも魔の囁きというか、魔が差すことがある。僕にとってそれは壺を拝む宗教ごっこだった。
あの夜――奈々未姉に壺を叩き割れ、一緒に寝た夜のことはつい最近の出来事のはずなのに、どこか遠い異国の物語のように感じてしまう。
下腹部の痛み、壺が割れる音、『スピッツ』の曲……。夢と現実の狭間にいるような、フワフワとして地に足が付かないような感覚だけが僕の中に残っている。
相変わらず小嶋君にベッタリの向田さんを見ながら、僕は恋愛ってなんなんだろうと考えている。
人を好きになる――向田さんと似ている福岡さんの涙も、いつしか僕の中で遠い昔話か夢の中の出来事のように思えてならなくなっていた。
きっと向田さんは小嶋君のことが好きなのだろう。誰が見ても一目瞭然。けど、本当にそうなのだろうか?
猜疑心が僕の中で渦を巻いている。もしかしたら、小嶋君に対する態度は
嘘で、実は他の子を誘発しているんじゃないか。嫉妬心を煽る行動。
僕は人のことが分からなくなっていた。福岡さんが見せた涙も、奈々未姉の涙も行動も全て――。
「なあ、最近ちょっと変じゃないか」
「何が?」
さっきまで向田さんと話していたはずの小嶋君が、いつの間にか僕の席の隣に座っていた。
「その、心ここにあらずみたいな」
「そうかな。いつも通りのはずなんだけど」
「そっか。うん、そうだよな。ごめん。気にし過ぎだったかもしれない。なんかあったら言えよ。お金はないけど、それ以外なら僕に出来ることなら協力するから」
爽やかって、こういうことをいうんだろうな。向田さんを始めとする、女の子たちを集める甘い、甘い世界観。虫たちが樹液に集まるように、小嶋君からは甘い蜜が流れ出ている。
男女分け隔てなく流れる甘い蜜に群がる
虫たち。そこには必ずしも、いい
昆虫たちだけではないはずなのに……。
「ねえ、変なことを訊くけど、小嶋君って人を好きになったことがある?」
僕からの質問を受け、小嶋君の表情が変わった。
「好きになったこと? なんだよ。藪から棒に」
一瞬みせた真顔から、一変していつもの柔和な顔つきに戻った小嶋君。けれど、僕は見落とさなかった。人に対してあんな表情を見せる彼を――。
「ちょっと気になってて。ほら、小嶋君って色んな子から言い寄せられてるじゃん? 本命はいないのかなって」
視線を慌ただしく左右に動かす小嶋君は、僕たちの話を誰かに聞かれていないかを心配しているようだ。きっとこんな直球に切り込んだのは、僕が初めてなのかもしれない。
「勘弁してくれよ。こんな場所で」
「でも協力してくれるって言ったよね?」
バツが悪そうな顔をされたが、僕は気にしなかった。
「言ったけど、場所を考えてくれ。放課後、バイト前に話すよ」