第七章「涙がキラリ☆」
04
 結局――泣いている福岡さんに何もしてあげることが出来ないまま、僕は家に帰った。家の中は夕食のにおいが残っていた。
 階段を上がりながら、福岡さんの言葉が頭から離れない。「ごめんね」確かに彼女はそう言った。泣いていたことを謝ったのだ。気分を悪くさせたことを申し訳なく思っているのだ。
 
 僕は無力だった。
 彼女に何もしてあげられなかった。何か行動を起こしてあげれば、まだ違った展開になっていたはずである。決して邪な考えではない。
 
 僕は初めて知った。
 行動を起こしたことが結果による後悔よりも、何もしなかったことに対する後悔の方がはるかに傷つくのだと――。
 
 階段を上がり切り、扉の隙間から奈々未姉の部屋の灯りが漏れているのが分かった。僕はそれを確認すると、自室の扉を開けた。
 真っ暗だったし室内に明かりを灯せば、僕は違和感に気付いた。いつもの場所に飾ったあの壺がないのだ。
 僕はカバンを放り投げると、辺りを探し回った。引き出しの中、ベッド周り、クローゼットの中……どこを探しても見当たらなかった。
 
 あの壺のおかげで僕は江籠さんと同じ塾に通えることになったし、何よりも女の子に対して堂々と話せるようになったはずだ。
 居ても経ってもいられなくなった僕は、奈々未姉の扉をドンドンと叩いた。ノックのつもりが、焦りから大きく。強くなってしまった。
 
「何よ。うるさいわね」
 
 扉が開かれ、Tシャツとハーフパンツ姿の奈々未姉は、迷惑そうな顔をしていた。
 
「ねえ、壺を知らない? 僕の部屋に飾ってあった」
 
「ああ、あれ。あたしが預かっているわ」
 
 悪びれる様子もなく、奈々未姉はサラリと言った。
 
「どうして?」
 
「『どうして』じゃないわよ。薄気味悪い。叩き割ってやろうかと思ったけど、さすがにそれは可哀想だと思って止めたわ」
 
「なんでそんなことをするの? ねえ、返してよ。大事な物なんだ」
 
 奈々未姉を押しのけて、僕は彼女の部屋に入った。僕とは明らかに違う、甘ったるいようなにおいがする部屋だ。
 整理整頓された奈々未姉の部屋を見渡すと、壺は机の上に置いてあるのが分かった。駆け出そうとする僕の方がギュッと掴まれた。
 
「返さないわよ。あんな薄気味悪い物、さっさと処分するんだから」
 
「酷い。大切な物なんだよ。返してよ」
 
 いくら奈々未姉がギュッと掴んでいるとはいっても、所詮は女の力だった。僕はすぐに振り解くと、壺を取り返した。
 
「壺を渡しなさい」
 
「やだ。これは僕の物だ」
 
「渡しなさい」
 
 奈々未姉に凄まれても、僕は断固拒否した。これだけは譲れない。
 
「いい加減にしなさい!」
 
 蹴りが飛んで来たかと思ったら、僕の下腹部に強烈な衝撃が走った。僕は衝撃のあまり、壺から手を離してしまった。
 
「こんなもの」
 
 痛みは後になってやってきた。うずくまる僕の前で、壺は音を立てて割れた。


■筆者メッセージ
ホークスが勝って、ついに王手です。
このままヤクルトが連勝するかなって思っていたんですけどね。
( 2015/10/28(水) 23:26 )