第五章「船頭多くして船山に上る」
08
 塾へ行く道すがら、僕は先ほど高柳さんの言った言葉の意味を考え続けた。が、どう考えても答えは出てこない。
 そもそも男である僕が女性の気持ちなんて分かるわけがないのだ。答えが見つからず、僕はイライラし始めた。
 もう高柳さんの言った意味を考えるのは止そう。そう思った時だ。声をかけられたのは。
 
「ちょっとそこのお兄さん、お兄さん」
 
 ちょうど僕の行く先に、ブルーシートに座る女性が手招きをしていた。僕は周囲を見渡すが、人気は他になかった。
 
「僕ですか?」
 
「そうそう。お兄さん、今悩み事を抱えているわね」
 
 ズバリ言い当てられ、僕はドキリとした。
 
「なんで分かるんですか?」
 
 相手が若い女性ということも手伝って、僕は恐怖心を抱くことなく彼女に近付いた。ショートカットの髪をセンター分けした彼女は、僕よりもちょっと年上に見えた。
 
「五十メーター先からでも悩んでいるオーラが見えたからね。悩み多き少年よ。幸運を呼ぶ壺はいかがかね」
 
 広げられたブルーシートの上には大小様々なデザインの壺が置いてあった。
 
「幸運を呼ぶ壺、ですか。なんか胡散臭そうですけど」
 
 試しに、曼荼羅模様の壺を手に取ってみる。どこからどう見ても悪趣味な壺にしか見えない。
 
「そんなことはあーりませんよ。この壺で大富豪になった人はたーくさんいるんですから」
 
 立ち上がって両手を広げる女性。背は奈々未姉よりも低かった。
 
「例えば?」
 
「例えば? うーん、ビルゲイツとか」
 
「嘘だ。絶対嘘だ」
 
 さすがの僕だって、こんな嘘に騙されたりはしない。かの有名な大富豪は、こんな胡散臭い壺で世界一の大富豪家になったわけがない。
 
「まあ、何も幸運を呼ぶとはいっても、商売だけじゃないわ」
 
 彼女はそう言うと、辺りを見渡して、誰もいないことを確認すると僕の耳に顔を近付けた。彼女からは、なぜかお線香のようなにおいがした。
 
「実はここだけの話、異性にモテモテになるのよ。この壺を家に飾るだけで」
 
「まーさかー」
 
 いきなり彼女が耳打ちをしてくるから、僕はドキドキして言葉を待ったけど、これまた嘘のような話だった。
 
「本当よ。かの有名な女子サッカー選手もこの壺を買ったおかげで結婚出来たのよ。ほら、エースナンバーを背負ってる」
 
「あの人が?」
 
 名前を伏せていても誰かは分かった。長らく女子サッカー界を引っ張ってきた選手だ。
 
「それだけじゃないわよ。最近結婚をした女優もこの壺を買って、彼氏が出来たかと思えば、二か月で結婚したの」
 
「うーん。信じられませんねえ」
 
 聞けば聞くほど胡散臭さは強くなっていく。僕は彼女から距離を取った。
 
「けれどこれは本当なの。今なら安くしておくわ。一家に一つ。なんなら二つ。おまけにもう一つ」
 
「だんだん増えてきてるじゃないですか。僕はこれから塾へ行かなくちゃいけないんで、失礼します」


( 2015/10/04(日) 06:23 )