08
部屋着に着替えて、ベッドの上で携帯ゲームをしていると、ふいに扉が開かれた。
「なんだ。ゲーム中か」
屈めば腰が見えてしまうほどに丈の短いタンクトップとホットパンツ姿の奈々未姉だった。肩にはバスタオルが巻かれている。
「部屋に入る時はノックしてって言ってるでしょ」
僕は携帯ゲーム機の電源を切った。ちょうど止めようと思っていたタイミングだった。
「あんたがオナニー中かもしれないって思ってさ」
「最低」
顔だけ見ればどこからどう見ても女性なのに、性格は男丸出しだ。風呂を覗いたら殺すと言っておきながら、そういった恥じらいはないのか。
「盛りの付いた男子高生なら毎日してるでしょ」
「もう。そんなことをわざわざ言う為に来たの」
僕がベッドから起き上がろうとすると、腹部に何かが当たった。
見てみると、チューブ型のアイスだった。
「違うわよ。真澄さんの動画を観に来たの。どうせ一人になったら観ないでしょ」
我が物顔で僕の勉強机に置いてあるパソコンの電源を入れる奈々未姉。起動時にかけるロックの番号も知っている。
「いいよ。観たことがあるから」
「あんたがよくても、あたしがよくないの。ほら、座りなさい」
クルクルと回転する椅子。僕は大きく溜め息をついて、ベッドから降りた。
「おっと。動画の前に」
画面が映し出されると、奈々未姉はマウスポインタで『履歴』の項目を選んだ。
「チッ。消してやがったか」
だが、『履歴』はすでに消されていた。実は毎回プラウザを閉じるたび、履歴が削除されるように設定してあるのだ。
「てっきりエロサイトでも観ていると思ったのに」
「そんなサイト観ていないよ」
興味がないかと言われれば、嘘になる。けれど万が一それを観ているところを奈々未姉に見られたとしたらと考えると、コンピューターウイルスよりも恐ろしくてとてもじゃないが出来なかった。
「せっかく強請るネタになると思ったのに」
「酷い。世界でたった一人の姉弟なのに」
僕の言葉を無視して、奈々未姉は動画サイトに繋げた。ブラインドタッチで、検索欄に『桑田真澄』と書き込む。
「奈々未姉ってブラインドタッチが出来るの?」
「出来ないわよ。ただ、普段から多く入力している言葉なら出来るけどね」
奈々未姉の中で『桑田真澄』の四文字は普段から親しまれている言葉のようだ。
女性の身体をした男みたいな奈々未姉。そんな彼女の心を掴んで離さない人がこの世にいるなんて。
僕が奇異の眼差しで隣を見ると、奈々未姉は真剣な顔で目的の動画を探していた。僕の鼻は風呂上がりの彼女のにおいを嗅ぎ取った。