07
白間さんと別れ、僕は真っ直ぐ家に帰った。せっかく江籠さんに会えたというのに、充実感や歓喜なんてものはなかった。
あるのは焦燥感にも似た気持ちだ。白間さんは任せろと言って僕の肩をバシバシと叩いた。それだけで嫌な予感がしてならないのだ。
白間さんと話して、彼女が悪い人ではないことは確かだった。けれど、あの人に任せていいものかと訊かれれば、疑問符が湧く。
奈々未姉と同じ香りがする。敵なのか味方なのか分からない。自分が楽しければ、僕のことなんて二の次。二人は似通っている気がしてならない。
家の階段を上りながら、僕はどうしたものかと考えていると、奈々未姉の部屋の扉が開いた。
「あっ、おかえり」
「ただいま」
見上げると、奈々未姉は目を充血させていた。
「目、どうしたの?」
「ちょっと泣いていたのよ」
泣いていた? 僕は階段を上がりきると、奈々未姉の顔をじっくりと見た。
いつもの奈々未姉の顔がそこにあったが、目だけは真っ赤に充血している。いつもよりも、鼻筋も赤くなっているような気もした。
「何かあったの?」
「真澄さんの動画を観ていたら、泣けちゃって。復活のマウンドのシーンは何度見ても泣けるわ」
以前、奈々未姉から真澄さんのアウトローの話を聞いて調べた時、僕はそのシーンを動画サイトで観たような覚えがある。
マウンドに肘を付く真澄さん。感謝の祈りを捧げているようだった。
「僕もそれ、観たような気がする」
「教科書に載せてもいいと思うわ、あれ。未来永劫語り継がれるシーンよ」
「それは大袈裟だと思うけどな」
言った瞬間、僕の左足が蹴られた。
「ちょっと、階段だから。危ないって」
「うるさい。十発ぐらい蹴らせろ」
「多いよ。せめて一回にして」
「真澄さんのことを悪く言った割には軽い方よ。黙って蹴られなさい」
背後の階段に恐怖しながら、僕は奈々未姉のローキックに耐える。細い足が鞭のように僕の足にビシビシと当たっていく。
「今日はこれぐらいにしてあげるわ。次、真澄さんの悪口を言ったら階段から突き落としてやる」
「別にさっきのは悪口じゃないって」
「うるさい童貞」
「また童貞扱いして」
「だって本当のことだし。とにかく、覚えておきなさい」
僕の横を通り過ぎていく奈々未姉。軽快に階段を下りる音が聞こえた。
「どこへ行くの?」
「お風呂。覗いたら、殺す」
階段を下り切った奈々未姉は振り返って、中指を立てた。これが女性のする仕草なのだろうか。
「誰も覗かないよ」
きっとお
淑やかな江籠さんなら死んでもそんな真似なんてしないだろう。そう考えると、とてもじゃないけど同じ性別だとは思えなかった。