11
電気を消した真っ暗な室内。だけど、自分の部屋だから何が置かれているかなんて見えてなくても分かった。僕はベッドへ飛び込んだ。
軋むスプリング音と、自分のベッドのにおいが鼻腔を突いた。僕はゴキブリのように這いつくばり、顔が枕までたどり着くように動いた。
「畜生。僕だって小嶋君の連絡先を知りたいやい」
独り言を漏らす。
そう。僕は小嶋君の連絡先を知りたかった。学校では話すようになってきたけれど、まだ連絡先を交換するには至っていないのが、僕の中では引っ掛かりを見せている。
「あと、江籠さんのメアドも知りたいな」
電話なら緊張してしまうかもしれないが、メールならいけそうな気がした。何度も書き直しはするかもしれないけど。
ストレスが溜まった時は、妄想の世界へ飛び込むのが一番だ。僕は江籠さんの顔を思い浮かべる。
◇
<今日は学校どうだった?>
あれから僕は毎日のように江籠さんとメールのやり取りをしている。彼女から送ってきたのを返信することから始まる日もあれば、僕から送って始まる日もある。
バイトのない日の江籠さんは、メールの返信が早い。まるで僕からの連絡を待っているかのようだ。
<いつも通りだったよ。そっちは?>
僕の妄想の中では、彼女は女子高に通っている。発情期の猿のような男達なんかと一緒に生活をさせるわけにはいかない。
<こっちもいつも通りかな。明日はバイトだよね?>
<うん。明日も来てくれる?>
誰かが言っていた。メールのやり取りを長く続ける方法は、クエスチョンマークを最後に使うことだと。クエスチョンマークがあるおかげで、相手は返信をしなくてはならないと思うらしい。
<当たり前だよ。また帰りも迎えに行くから。明日も終わるのは同じ時間でしょ?>
彼女がバイトを終わる時間になると、僕は彼女を家まで送り届けるのが日常だった。好きな人に尽くせる。それだけで苦労なんてものは吹き飛んでしまうのだ。
<うん、そうだよ。いつもごめんね>
ごめんねの後にある絵文字。彼女は意外と絵文字を使わない子であったが、最後の一文に添える時があって、僕はキュンと感じる。
<謝ることじゃないよ。僕が好きでやっていることだから。むしろ江籠さんと一緒に帰れて嬉しいよ>
クエスチョンマークで終わらなかったが、返信は絶対に来ると確信している。最後はいつも『お休み』で終わらせるのだから。
<ありがとう。私、健太郎君が彼氏で良かった>
良かったの後にあるハートマーク。彼女は知ってか知らずか、ハートマークをここぞという時に出してくる。それこそ切り札のように。
僕の胸はキュンキュンと跳ね踊り、狂喜乱舞の舞を鮮やかに舞い踊っている。
<僕も裕奈が彼女で嬉しいよ>
江籠さんは僕のことを『健太郎君』と呼び、僕は彼女のことを『裕奈』と呼ぶ。古風だと思われるかもしれないけど、これが一番しっくりくると僕は思っている。
その後も彼女とのやり取りは続く。夜はまだまだこれからだ。若い僕たちの長い夜はまだ始まったばかりなのだ。