07
「そんなわけがないじゃないですか」
「だよねえ。君と小嶋君がそんないかがわしい関係だったら幻滅だよ。いや、あたしは別にホモを全否定しているわけじゃないわよ? 世の中にはそういった類の人もいるのは分かってるから。でもね、実際小嶋君がそうだと考えられないわけよね。分かる? あたしの言っていること」
ペラペラとよく喋る人だ。よほど回転のいい舌をしているのだろう。雰囲気的には奈々未姉に似ているけど、口数では圧倒的にこの人の方が多かった。まあ、そうはいっても、奈々未姉は一撃で相手を仕留めるような“口”撃だけど
「分かってますよ。じゃあ、僕はもう行っていいですよね。これから塾があるんで」
まだまだ塾の時間には余裕があったけど、僕は早くこの場から立ち去りたかった。さすがに塾だと言えば、この人だってすぐに解放してくれるはずだ。
「待って。まだ問題は解決していないじゃない。そう言って逃げる気なのね。生憎、あたしは捕まえた獲物はそう易々と逃がさないわよ」
ガッと肩を掴まれる僕。彼女は奈々未姉よりも小柄だった。それでも、下から覗きこまれる目には威圧感があった。上目遣いとは、ほど遠い目で僕のことを睨むようにして見ている。
「いや、塾が……」
えらい人に捕まってしまったものだ。これならよっぽどカツアゲの方がよかった。
「塾なんて一度や二度、遅刻をしたって平気よ。たぶん」
「あの、今日が初めて行く日なんで、遅刻はまずいと……」
「初日から社長出勤が出来るなんて、最高だと思わない? 『俺は普通の奴らと違うんだぜ』って優越感に浸れるわよ」
そんな優越感なんていらなかった。むしろ面倒な生徒とは思われなくなかった。日陰にひっそりと咲く花でいいのに。
「肝っ玉の小さい男は女の子にモテないわよ。さ、この問題を解決しましょう。喉も渇いたし、あっちでジュースでも飲みながら」
強引にカバンを引っ張られる僕。ここで振り切っていけるほど、僕は強くなかった。
「あたしこれがいいな」
赤い自動販売機の前に立つと、彼女は一番左上の缶のパッケージを指差した。缶のパッケージは、この自動販売機の色と同じ赤色だった。
「僕が買うんですか?」
「女の子に買わせる気?」
すごまれ、僕は渋々財布から硬貨を取り出した。決して多くはないお小遣いの中でやりくりをしている僕にとって、たかが数百円の缶でも痛い出費だった。肉まんが買えなくなってしまう。
「サンキュー。物わかりのいい子は好きよ」
僕が硬貨を入れると、彼女は満足したような顔で頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。女の子にそんなことをされるのは初めてのことで、僕はドキリとした。
「君も飲みなよ。まあ、自分のお金だけどさ」
豪快に笑う彼女。お淑やかからは遠く離れているけど、彼女にとても似合っていた。
「そうですね。そうします」
硬貨を入れ、僕は何を飲もうかと悩んだ。一瞬、ブラックのコーヒーにしようと思ったけど、止めた。江籠さんでもない人の前で恰好つけても無駄だ。
僕は彼女と同じ物を選んだ。
「ところで、君の名前は?」
「あっ、橋本です」
「あたし、白間美瑠。君、高一?」
「はい」
「だと思った。あたしは三年。ちょっとこっちに座ろうよ」
僕たちはベンチで横に並びあって座った。