第二章「真澄さんのアウトロー」
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 かつて一世を風靡(ふうび)したKKコンビ。甲子園を席巻(せっけん)した二人の高校球児は、プロの舞台では別々の道へと別れた。
 俗に言うドラフト問題だ。真澄さんは大学進学を明言していたのにもかかわらず、巨人がドラフト一位で指名した。
 対して、早くも巨人入りを騒がれ、また本人としてもそれを望んでいた清原さんは、巨人の裏切られた格好で西武ライオンズに一位指名された。
 
 いくら超高校級と言われた二人でも、まだ十八歳の高校生なのだ。大人たちが彼らに与えた影響力は、大人だって耐えられないものだったかもしれない。
 これを僕たちに当てはめてみる。早くから巨人入りを明言していた僕。大学進学を明言していた小嶋君。非情な大人は、僕たちを引き裂く。
 考えただけで胸が張り裂けそうだった。真澄さんが清原さんと出会ったのは、高校一年生、つまり今の僕と同じ時期になる。
 
 そこから三年間、同じ釜の飯を食って来た。互いに切磋琢磨しながら、そして互いに励まし合いながら――。
 しかし、無情なる大人たちの洗礼が彼らを待っていた。なんでそんなことをするのか。大人たちの世界はまるで分からなかった。行きたい球団に行けばいいのだ。特になければ、くじ引きでもいい。
 
 そう考えるのは、野球を全く知らない子供だからなのだろうか。
 
 
  ◇
 
 
 コンビニの前に立ち、何食わぬ顔で店内を覗いた。レジには大学生風の男と、最近入ったらしい、中国人の男が立っていた。今日は江籠さんが入るシフトではないのは知っていた。けれど、突然の交代なんてよくある話で、僕はこうしてチャンスを逃していないか監視に訪れる。
 江籠さんが入るシフトは、比較的女性が一緒に入るケースが多かった。それが江籠さんの本意なのかどうか分からないが、僕は胸を撫で下ろしている。
 
 一番困るのは、今日みたいな日だ。突然中国人の男が変わってくれと江籠さんに打診し、彼女がそれを受け入れたとすれば、大学生風の男と一緒になってしまう。
 髪を茶色く染めた大学生風の男は、小嶋君から比べれば、屁でもない存在だったが、人を好きになる理由なんて突然出来てしまうものだ。いざとなれば、中国人の男だって怪しくなる。私、日本人じゃ満足できないんです、って。
 
 江籠さんのいないコンビニなんてもはや興味がない。僕はコンビニの前から立ち去ろうとした、その時だ。前方から見知った顔を見つけた。
 
 ――江籠さんだ。
 
 見慣れない制服姿だったが、間違いなく彼女だった。でもどうして?
 疑問を感じながら僕は、その場に立ちつくしていた。足が強力な接着剤で固められたみたいに動けないのだ。
 グングンと進んでくる江籠さん。僕との距離が縮まっていく。
 
 あと、三メートル、あと二メートル、あと一メートル――。
 江籠さんは僕のことなど眼中にないように、僕の横を通り過ぎ、コンビニへと入って行った。


( 2015/10/04(日) 06:09 )