07
いい雰囲気だ。この柔らかな日差しのように、雰囲気はとても丸みを帯びて優しかった。僕は熱いブラックのコーヒーを啜ると、江籠さんの目がカップに注がれた。
「よくコーヒーなんて飲めるね。私は苦くて飲めないよ」
まだまだ子供のような舌を持っている彼女。妄想の世界では、ワサビやカラシといった香辛料も苦手だった。
「ちょっと飲んでみなよ」
えー、と言いながらも僕からカップを受け取る江籠さん。そのまま口に付けるかと思ったら、カップを手の中でクルリと回し、僕が口を付けたところに自分の口を付けた。
「えへへ。間接キス」
白い歯を見せた彼女は、黒い液体を口に含んだ。
「うええ。やっぱり苦いよ」
日本人形のような端正な顔を崩し、顔をしかめながら江籠さんは僕にカップを戻した。
「まだまだ江籠さんはお子様だね」
「いいもん。裕奈はまだ子供だから」
同い年だけど、僕の方が精神的にも味覚的にも大人びている。それが妄想の世界での僕たちカップルであった。
「あんた最近マジでおかしいわよ。一度病院にでも行ってみる?」
さっき飲み干したコーヒーよりも甘い妄想の世界から、現実の世界に引き戻したのはやはり奈々未姉だった。
「何がおかしいの。僕はいつも通りだよ」
コンビニに通いつめれば詰めるほどに、僕の妄想が激しくなっている自覚はあった。
「いいや。最近のあんたは、心ここにあらずって感じよ」
「僕はいつだって心を磨いているんだ。おかしく見えるのはそのせいかもしれない」
「心を磨く、ねえ」
胡散臭い営業マンを見るような目で奈々未姉は僕のことを見ている。
「そうさ。包丁を砥石で研磨するように、心だって砥石か何かで磨かなければ、磨き続けなければいけないんだ。そうしなければ泥にまみれたまま、埃を被ったままになってしまうから」
我ながらよくこんな言葉を咄嗟に思いついたものだ。言い終えて感心した。
けれども、奈々未姉の表情は相変わらずで、むしろ眉間に皺を寄せていた。
「真澄さんみたいなことを言わないでくれる? 童貞風情が」
どうやら僕は奈々未姉の心を掴むどころか、逆に変な火を起こしてしまったようだ。
「いや、別にそういうつもりで言ったわけじゃないよ。真澄さんのこともよく知らないし」
「真澄さんは偉大な人よ」
いつもは飄々として、人に興味がなさそうな奈々未姉が、こんなにも誰かに対してリスペクトをしているのを、僕は初めて見た。
「真澄さんはそんなにすごい人なの?」
「ええ。けど、今のあんたじゃ分からないでしょうね」
「分からなくてもいいから教えてよ。真澄さんのすごさを」
奈々未姉は右手でボールを握るような形を作って、僕の目の前に突き出した。赤いマニキュアが指先で光っている。
「真澄さんは外角のアウトローが持ち味で、あれに惚れない女はいないわ」
「外角のアウトロー……」