06
あまりにも美味しいと感じてしまったために、僕はチョコレートケーキを食べることなく、コーヒーを先に飲み干してしまった。カップの底にザラザラとした砂糖を感じ、コップの水で口の中を洗い流した。
ケーキに合わせて飲み物を注文した。飲み物を飲んでしまえば、ケーキなんてもういらなかった。
「奈々未姉、ケーキをあげるよ」
フォークに乗せた最後のひとかけらを食べ、唇を舐めた奈々未姉がこちらを見た。
「何で」
「もうお腹いっぱいなんだ」
空になった奈々未姉のお皿と、チョコレートケーキが乗った僕のお皿を交換する。
「あたしを太らせようっていうの」
「そういうわけじゃないって。あと、奈々未姉はこんなケーキぐらいじゃ太らないでしょ」
昔から奈々未姉は太らない体質だった。部活の女子バスケを引退してからも、周りが太ったと騒いでいる間でも、奈々未姉だけは体型が変わらなかった。周囲からそれを羨ましがられていたことを、僕は覚えている。
「まあ、そうだけどさ」
やっぱり奈々未姉も女の子なのだ。甘い物を前にすると、いつものサディスティックマシーンは息を潜める。
フォークを使って、ケーキを崩し、口に運んでいく奈々未姉を見ながらこれが江籠さんだったらなと思った。
「こんなに食べきれないよお」
そう言いながらも、ケーキを美味しそうに食べる江籠さん。僕はブラックのコーヒーを飲みながら、それを微笑ましく眺めている。
窓から差し込む柔らかな光。江籠さんの黒髪を照らし、白い肌を際立たせる。黒と白のコントラストが絶妙で、一つの風景画だ。
「お二人はお付き合いをされているんですか」
注文を聞きに来た、やたらと可愛らしい店員さん。シャープな目で僕たちのことを笑顔で見ている。
「ええ、まあ」
僕が照れ臭そうに言うと、江籠さんも恥ずかしそうに下を向いた。
「初々しいですねえ。にゃはは」
注文を聞き終えると、やたらと可愛らしい店員さんは奥へと消えていったのを見計らって、江籠さんは口を開く。
「なんか今の店員さん、猫みたいだったね」
シャープな目つき。全体的に小さなパーツ。なるほど。確かに言われてみればそうかもしれない。
「橋本君は、ああいう人、どう思う?」
眉宇を下げ、こちらを覗き見るような江籠さん。もしかして心配をしているのかもしれない。
「確かに可愛いなと思うけど、僕には江籠さんがいるから。江籠さんが一番だよ」
でも、大丈夫。僕は決して浮気なんてしない。江籠さん以外、振り向くことはないのだ。
「なんか恥ずかしいな。でも、嬉しい」
白い肌にうっすらと赤みが帯びる江籠さん。抱きしめたくなる衝動に駆られ、僕は何とか堪えようとする。