05
やたらと可愛らしい二十五歳の店員さんが運んできてくれたコーヒーのカップに手を伸ばす。奈々未姉は砂糖とミルクを入れている。女性だからそれはいいが、男がやったらお子様みたいでみっともないと感じた。
湯気の立つ真っ黒な液体を口に入れる。大丈夫。今まで缶コーヒーでその苦さは充分に慣れているはずだ。
それなのに、缶のコーヒーと喫茶店で出されるコーヒーは同じ物とは思えないほど苦かった。なんだ、これは。
無駄に味が濃い。喉に絡みつくようで、辛い料理でもないのに舌先がピリピリする。僕はたまらずカップを置いた。
「ず、ずいぶんと味が濃いんだね」
スプーンを使って
撹拌していた奈々未姉は、チラリとこちらを見た。
「当たり前じゃない。だからこそ、その値段なのよ」
撹拌が終わると、乳白色に変わった液体を奈々未姉は息を吹きかけながら飲む。
なるほど。そう言われてみれば納得だ。メニューでこれはいつも飲んでいる缶の五倍以上高いのだ。高いということは、それだけ手間暇だけでなく、味が濃厚なのだ。
「濃かったらミルクと砂糖を入れなさい。あんたどうせ飲み慣れていなくて、不味いんでしょ」
小瓶に入ったミルクを僕は見つめる。あれを入れたのなら、きっと甘くなるだろう。けれど、それをしたら“負け”なような気がしてならない。
僕は目に見えない勝負をしているのだ。ここで負けてしまえば、これまでの地道な経験値が一気にゼロになってしまう。
「いや、いらない。僕はこのままでいく」
揺らぎかけた覚悟を黒い液体と共に飲み込む。が、口に含んだ瞬間、どちらも吐き出しそうになった。
「入れなさいよ。何のために入れないのか分からないけど、不味そうに飲んでいる方がよっぽど失礼よ」
そうだ。不味そうに飲んでいる方が失礼なのだ。理由を見つけた僕は、素直に奈々未姉の言うことに従い、ミルクと砂糖を入れた。
「あんたが喫茶店のブラックを飲むなんて十年早いのよ、十年」
「奈々未姉だってブラックじゃないじゃないか」
「コーヒーの飲み方はブラック以外にもあるのよ。むしろミルクや砂糖によって豆が引き立つ場合だってあるの」
頑なにブラック以外を認めていなかった僕にとって、豆が引き立つというのは目から鱗の言葉だった。そんな発想があったなんて。
「勉強になります」
「あんたどこか頭でもぶつけた?」
怪訝そうな顔でショートケーキを頬張る奈々未姉。僕はコーヒーを飲みながら窓の向こうを見つめようとしたけど、遮光カーテンがかかっていて、それは叶わなかった。
「発想の転換をしただけさ」
ずいぶんと甘くなってしまったコーヒーだったが、僕は初めてコーヒーを美味しいと感じた。