06
少しでも“彼女”に大人っぽいところを見せたくて、僕はレジの横にある陳列棚から、ホットのブラックコーヒーを手に取った。黒色の缶はとても熱かったが、僕は根性で涼しい顔をしながら、レジへ置いた。
「いらっしゃいませ」
缶がコトンと置かれる音のあとに聞こえた柔らかな声。僕は天にも昇る気持ちになった。
「ああ、あと肉まんを一つ」
その声がもっと聴きたくて、僕はつい余計な物まで買ってしまった。
「はい。肉まんがお一つですね」
僕だって思春期の男だ。女性器の呼び名ぐらいは、とうに知っている。そのせいで、僕は“彼女”の口から『まん』が付くだけで、軽い興奮を覚える。
“彼女”が肉まんを取ってくれる。トングから、今度は小さな袋へ。彼女の小さな手が、大事そうに商品を包んでいる。いくら洗っているとはいえ、いくら袋越しとはいえ、“彼女”の手が触れた物を食べられるのだ。そう考えると、無駄な出費とは到底思えなかった。
「お会計は――」
週刊誌と缶コーヒーと肉まん。千円以内に収まるが、あえて僕は万札をさっとレジに置いた。別に金持ちというアピールをしているわけじゃない。ただ、“あの一言”を聴きたいだけだ。
「はい。一『万』円からになりますね。お釣りの方は――」
二度目の『まん』を聴けた僕は、万札を持っていた今日という日に心の中でガッツポーズした。
「ありがとうございました」
戦いは終わった。ここで“彼女”と話せれば、もっといいのだろうが、生憎僕にはそんな勇気を持ち合わせてはいない。戦いは長期戦なのだ。そう自分に言い聞かせるようにして、僕は店を出た。
店の外へ出ると、僕はさっそく買った肉まんを食べた。“彼女”が包んでくれた肉まんを一口一口、噛み締めるようにして食べる。
最後の一口を名残惜しそうに口の中へ入れると、僕は袋から缶コーヒーを取り出した。プルタブを開けると、コーヒー豆のいい香りがする。香りだけはいいのだ。香りだけは。
一口飲んでみる。苦い味が口の中で広がる。なんで美味しい食べ物を食べた後に、こんな不味い物を飲まなくてはならないのか。僕は我慢しながら無駄に熱い液体を口の中へと入れていく。
窓の向こうにいる“彼女”。真面目に接客をしている。僕とさほど歳が変わらないはずだが、こうして働いている姿を見ると、僕よりもはるかに大人びて見える。見た目はとても可愛らしいのに。
「あーあ。僕もバイトが出来る高校を選んでおけばよかった」
編入試験を受けると言えば、きっと猛反対を食らうことだろう。授業料を払っていないが、姉に至ってはどんな言葉を言って来るのか想像がつかない。
不味い液体を飲み干すと、ポツリポツリと雨が降って来た。空の色を見ると、雲の色が明らかに雨雲だった。これから本降りになりそうだ。
僕は缶をゴミ箱へ捨てると、最後にチラリと“彼女”――
江籠裕奈さんを見て、家路を急いだ。