01
江籠さんと付き合うようになって分かったことがある。告白した時も条件を出していたけれど、まさしくその通りだった。僕が他の女の子を見ると嫉妬して、太ももをつねった。毎日のメールは絶対で、三日に一度は長電話した。
怖がり屋のくせにホラー映画を観たがり、そのくせ僕が夢中で観ているのに途中で「怖いからもう嫌だ」と言って消したことは何回もある。
僕がママチャリしか持っていないのに「サイクリングへ行こう」と誘い、必死で追いかける僕をあざ笑いながらグングンと先へ行ってしまう。
僕が妄想していたよりも江籠さんはヤンチャで、いたずらっ子だということも分かった。コーヒーだって飲むし、クレーンゲームで何千円も使っちゃうほど計画性もなかった。
ケーキも好きだし、ラーメンもジャンクフードも好きだった。少食だろうと勝手に決め付けていたけど、平気で一人前はペロリと平らげた。
そう。僕の中で江籠裕奈は妄想とのギャップが激しかった。
けれど僕はそれを戸惑うことはなかった。むしろ、ドンドン僕の知らない江籠裕奈を見れて、毎日が楽しかった。
江籠さん――裕奈ちゃんに言われて、僕は毎日日記をつけることにした。それを見返してみると、ほとんどが裕奈ちゃんに関することだった。
これじゃあまるで裕奈ちゃんの観察日記だな。見返して僕は笑った。
今も日記を毎日綴っている。季節は秋。最近では吹きつける風に、冬のにおいを感じるようになってきた。
裕奈ちゃんと付き合う前、僕は自分に自信がなかった。いつも人を羨んでいた。その的となったのは、小嶋君だった。相変わらず向田さんを始めとする女子たちに群がられているけど、僕は前みたいに羨ましいと思うことはなくなっていた。
小嶋君には悪いけど、何人もの子に言い寄せられるよりも、一人の子から深く愛される喜びを知ったから――。
塾へも通っている。志望校も何校か狙いを決めた。どれも国立大だ。それを聞いた福岡さんは猫目のような目を丸くし「本気なの?」と、心配した。
国立大は以前母親と奈々未姉から言われたことだけど、僕は自分の意思で志望校を決めた。裕奈ちゃんに相応しい男になるために、僕はもっと自分を磨かなきゃいけない。
白間さんは最近会っていない。メールも電話もなくなっている。僕が裕奈ちゃんと付き合い始めたのを知っているから、もしかしたら気を使ってくれているのかもしれない。あの人だってそんな空気の読めない鬼みたいな人じゃない。
そう。僕が出会った人たちはみんないい人たちだった。無意識のうちに僕はその人たちに憧れていた部分がある。ただ一人を除いて……。
「ふうん。日記なんてつけてるんだ。なんだか恋する乙女みたいね」
裕奈ちゃんに言われつけ始めた日記が、毎日の日課になり始めていた頃のことだ。奈々未姉がいきなりやって来て、目ざとく僕の日記を探し当てた。
「ちょっと。勝手に人の日記を読まないでよ」
「読んでないわよ。あくまで表紙を眺めただけ。それより何? 『勇者ハシケンの物語』って」
日記なんてつけたことのなかった僕が、どう毎日の出来事を綴ろうかと思い悩んだ挙句、僕は自分自身のことをRPGの主人公にした。日記はRPG風に書かれている。
「別に何でもいいでしょ。ほら、返して」
奈々未姉から日記を取り上げる。
「なんだかあんた、最近自信がついたみたいね。彼女が出来たからかしら」
ケラケラと笑う奈々未姉。僕は胸を張った。
「そうだね。僕はこれまで人に憧れてばかりいた」
けれどもう違う。僕は壺とか、そんな類の物をなくして成長したのだ。
「言うなれば
憧憬だったんだ」
高らかに言い放った。
「え? なに、童貞?」