14
夏の夜の街を二人で歩く。もちろん、方向的には江籠さんの家の方向だ。
僕は自分に対しての失望を隠しきれなかった。何が月を見に行きませんか、だ。我ながら変人にもほどがある。言われた江籠さんの困った表情を見ながら、僕は死にたくなった。
「いやあ、月が綺麗ですね」
どうせ死ぬなら、いっそのこと玉砕をして死のう。万歳アタックだ。
「うーん。私の目に狂いがなければ、今夜は曇っていてお月様は見えないと思うけど」
言われて僕は頭上を見上げると、江籠さんの言うとおり、空は雲に覆われていた。
「うん。曇ってるね」
「おっかしいの。ハシケン君って、そんな人だったんだ」
隣でケラケラと笑う江籠さんに、僕は心から救われたような気がした。さすが泥の中でこそ咲く蓮の花。僕という泥にまみれて、江籠さんは一段と輝きを増している。
やっぱり僕は江籠さんのことが好きだ。隣で笑う江籠さんを見ながら、僕は確信した。そうすると、幾分かは胸の鼓動が抑えられた。
「あの、あのね、江籠さん。うん、あれだ、そのね」
それでも素直に告白の言葉なんて出て来なくて、僕は徐々に焦り始めた。今しかないのだ。今を逃したら、永遠に言えないような気がした。
「ちょっとそこの公園でも行こうか」
たまたま目に入ったのは、公園だった。変なのがいませんように。僕はそう願いを込めて、園内に入る。
「懐かしいなあ」
園内は思ったよりも小さかった。ブランコもなければ、滑り台もない。ただベンチが二組と、座って遊ぶ遊具が並んで三つあるだけだった。
「来たことあるの?」
「小さい頃にね。私この辺に住んでたんだ。今でも自転車でここは通るけど、いつも素通りしちゃうな」
「そうなんだ」
告白するのはこの場所しかない。僕は腹を決めた。
「あの、江籠さん」
自分でも驚くほど大きな声が出てしまった。江籠さんはビックリしたように、身体を跳ねさせた。
「は、はい?」
「あっ、ごめん。あの、その……」
好きです――その一言がなかなか出て来ない。
「あのね、その、あれなんだよ」
僕の中でまた焦りが生まれる。頭の中は真っ白で、何も考えられなかった。
その時だ。暗がりの中で、見知った顔を見つけた。その人はニンマリとした顔でこちらを見ている。
「な、奈々未姉、どうしてこんなところに……」
「え?」
「見ちゃダメ!」
反射的に僕は江籠さんの目を塞ぐ。
「え? ちょっと、ハシケン君」
「好きだ! 江籠さん、僕は君のことが好きなんです!」
僕は江籠さんの視界を奪ったまま、ついに告白をした。