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どことなく授業も上の空で聞いていたから、あっという間に学校が終わってしまったような気がする。喧騒に包まれた教室。昨日の光景とまるで一緒だった。
塾まではまだ時間がある。相変わらず小嶋君は向田さんにベッタリされていた。いいなあ。僕も江籠さんとあんな風になれたら。
「ねえ、これからちょっとデートしようよ」
授業が終わるや否や、僕は隣の席に座る裕奈に声をかけた。
「これから?」
彼女の丸くて大きな目が僕を捉える。言葉とは裏腹に、期待が孕んだ目をしていた。
「そう。制服デートさ」
「いいね。どこへ行こう?」
「それは外に出て決めよう。ほら、置いて行くよ」
「待ってよ」
カバンに荷物を詰めると、裕奈はパタパタと僕の後を着いて来た。
「お腹空いたね」
校門を出ると、当たり前のように裕奈が腕を絡めてきた。別にクラスメイトに公表こそしていないが、僕たちの関係はとうにみんな周知している。それでも裕奈は恥ずかしがって、校門を出なければ腕を絡めてこないのだ。
「駅前のマックでも行こうか」
「いいね。行こう、行こう」
駅前のマックへ着くと、僕たちは窓辺の席に座った。ハンバーガーとポテトと飲み物が入ったトレーをテーブルに置く。
「いつも健太郎君はコーヒーだよね」
「裕奈こそ、いつもミルクティーだよな」
僕たちの飲み物はいつも決まっていた。僕がブラックのコーヒーで、裕奈がミルクティー。
「だってコーヒー苦くて飲めないだもん」
ポテトをついばみながら、裕奈は可愛らしく言った。僕はそんな裕奈の頭を撫でてあげると、彼女は猫のように目を細めた。
「はい。健太郎君、あーん」
裕奈はポテトを手に取ると、僕の方へ向かって差し出した。少し恥ずかしかったけど、僕は裕奈が差し出してくれたポテトを食べさせてもらった。
「美味しい! 裕奈の手から食べさせてもらうと、いつもの百倍は美味しく感じるよ」
嘘ではない。確かに一人で食べるよりも、裕奈と食べるほうが美味しいし、こうして裕奈に食べさせてもらったら、更に美味しく感じるのだ。
「じゃあ、今度は裕奈の番。はい、あーん」
「なんか恥ずかしい」
そう言いながら、裕奈は控えめに口を開いた。僕は舌先にそっとポテトを置いてやる。
「なんだかバカップルみたいだね、私たちって」
「いいさ。バカップルでも。僕は裕奈といられればそれでいいから」
ニヒルに僕は笑って見せた。
「もう。こんな人が多いところで。でも嬉しいな」
裕奈もまた、笑って見せた。
「ああー! マック行きてえ!」
「行って来ればいいじゃん」
僕が心の声を口に出して言うと、いつの間にか隣には小嶋君が立っていた。
「あっ、いたの?」
「うん。で、マックに行きたいんでしょ。行って来れば。僕はこれからバイトだから行けないけど」
気が付くと、向田さんはいなかった。僕は愛想笑いをして、ごまかすことにした。
「いや、昨日読んだ漫画の台詞をパクっただけだから」
「へー。どんな漫画? 今度貸してよ」
「いやあ、姉のだからね。ちょっと借りるのはまずいっていうか……宗教上の理由で厳しいんだよ、うん」
我ながら下手な嘘をついてしまったと、言ってから後悔した。
「そっか。ならしょうがないな。今度また見せてくれよな」
だけど、小嶋君は笑って僕の肩を叩くと、「じゃあ、バイトがあるから」と言って教室から出て行った。僕はその背中に罪悪感を覚えた。