第九章「素直な気持ち」
04
 頭がクラクラとする。完全にのぼせていた。結局、奈々未姉が湯船から上がるまで僕は風呂の中でジッと耐えていなければいけなかった。
 吐き気を覚えながらも自分の部屋に戻ると、僕はさっさとベッドへ寝転んだ。最悪なことに、僕はエアコンを起動させるのを忘れていたため、部屋の中は蒸し暑くて仕方がなかった。
 
 奈々未姉が変なことを言い出すからいけないのだ。一緒にお風呂へ入ろうなんて。しかも、無駄に長湯をしただけで、何もイベントはなかったじゃないか。
 アイスが食べたい。キンキンに冷えたアイスはさぞかし美味しいのだろう。アイスはリビングへ行けばある。しかし、頭が重たくてもう歩ける気はしなかった。
 
「入るわよ」
 
「もう。まだ何かあるの」
 
 ノックの音と同時に奈々未姉がやって来た。僕は身体を起こす気にもなれなくて、寝転んだまま言った。
 
「あんた大丈夫?」
 
「無理。完全にのぼせた」
 
 誰のせいでこうなったと思っているんだ。そう思った瞬間、目の前にアイスが現れた。
 
「ん」
 
「あ、ありがとう」
 
 寝転んだままそれを受け取ると、すでに奈々未姉は棒付きのアイスを咥えていた。僕も包装紙を破ると、さっさと冷たいそれを咥えた。
 
「ああ、美味しい」
 
 火照った口内が冷えていく。
 
「お風呂上がりのアイスって美味しいわよね」
 
「うん」
 
 奈々未姉は僕の脇に腰を下ろすと、僕たちは無言でアイスを食べ続けた。
 
  ◇
 
「楽になった?」
 
「多少は」
 
 アイスが食べ終わる頃には、僕の体力は何とか起き上がれるまでに回復していた。
 
「あんたっていつも(からす)の行水だものね」
 
「奈々未姉が長過ぎるんだよ」
 
 たまに奈々未姉は半身浴をしているらしく、入浴時間が一時間以上の時がある。だから奈々未姉が風呂から上がるのを待っていたら、気が付けばそのまま翌朝になっていたことなんてしょっちゅうだった。
 
「もし僕が奈々未姉ほど長かったらどうする」
 
「入浴中だろうがなんだろうが、裸のまま追い出すわ」
 
 この理不尽さだ。しかも冗談ではないはずだ。きっと奈々未姉なら本気でやるに決まっている。
 
「サディスティックマシーン」
 
「童貞」
 
「女を捨てた女」
 
「インポ」
 
「それは違う」
 
「オナニー小僧」
 
「奈々未姉はしないの?」
 
「痛い」
 
 無言でチョップされた。しかも結構な強さで。
 
「暴力反対」
 
「オナニー禁止」
 
「変態」
 
「あんたって男なのにしてないのね。やっぱりインポだわ」
 
「まさか」
 
「あたしの前で下ネタを言うな」
 
 今度は額にデコピンを食らった。パチンと小気味のいい音を立てる。
 
「もう。奈々未姉が言ってるんでしょ」
 
 言うと、身体に重みが走る。無言で倒れてきた奈々未姉に押し潰されてしまった。


■筆者メッセージ
子供の頃は烏の行水でした。
大人になってからは普通になりました。
温泉とか行けば一時間以上入っているんですけどね。
( 2015/12/09(水) 00:14 )