07
鼓動が早くなるのを感じた。上から見下ろされている。体が熱くなるのを覚えるとふいに重みがなくなった。
菜緒は僕から退くと勝手知ったる我が家のようにテレビのリモコンを手に取った。家主である僕に許可を得る前にテレビをつけ始めた。
セックスをするムードだとばかり思い始めた僕は拍子抜けさせられた。頭を掻くと画面が何度か切り替わり見慣れたCMが流れた。
「今日何かやるっけ?」
普段からテレビを見る習慣はない。見たい番組も特になかった。
「ドラマ」
「ふうん」と僕は菜緒の隣に並んで座った。と、タイミングよくCMが終わり、ドラマが始まった。
「よく見てるの?」
「うん。別に面白いわけやないけど」
面白いわけではないのに見ているのか。暇の潰し方は人それぞれだが、変わり者の菜緒らしかった。
何か喋ろうとして、喉元で言葉を飲み込んだ。ドラマはもう始まっている。
どうやら主人公はバーテンダーのようだ。開店したというのに客が入っていないのか暇そうにグラスを磨いている。
と、そこへ現れたのは女性だった。女性といっても成熟した女性とは程遠い少女に近い女性だ。
女性と主人公は仲がいいようで親しげに喋っている。彼女は一人称が私やあたしではなく、僕だった。
「この子、主人公のこと好きなのかな」
「違うやろ。気にはなっているけど、彼と恋をしたいわけやない。ま、恋愛にまだまだ興味のないお子様ってとこやな」
「なんでそう言い切れるの?」
「最初から見ていればわかるで」
そういうものかと納得すると、肩に重みが伝わった。僕は振り払うわけでもなく、かといって寄りかかってきた彼女の頭を撫でるわけでもなくそのままにした。
隣から鼻歌が聞こえ始めた。知らない曲だ。けれどどうせアイドルの曲だろうと思った。
ドラマは淡々と進む。最初の女性が店を出ると、今度は別の女性が店へと入ってきた。先に入った彼女よりも年齢は上のようで、カクテルを頼むと悩みを主人公へと言い始めた。
「どうして人って悩むんやろうね」
「生きてるから」
「じゃあ、猫や犬も悩みがあるんかな」
「あるんじゃないの。もっといい餌よこせよって」
「ペット限定やん」
鼻歌がいつの間にか止んで代わりに鼻を鳴らす音が聞こえた。
テレビはいつの間にか次回予告を流し始めていた。見せ場もなく淡々と進んでいて気が付けば終わっていた印象だ。
「面白い? これ」
「だから言ったやん。別に面白くはないって」
「じゃあ、なんで見てるの?」
「なんとなく」
あと何話続くのか。今回だけしか見ていないが、場合によっては打ち切られてもおかしくはない内容だった。