04
季節のケーキは桃だった。ここで女子たちなら写真を何枚も撮るだろうが、生憎この元野球部の引っ越しやバイトは写真などまるで撮る気配を見せずさっさと食べ進めて、まだ僕が半分も食べ進めていない中でケーキを完食した。
終わりだといわんばかりにバキュームのようにカフェオレを一気に飲むと、僕はコールドゲームを食らった気持になった。
「早いな」
「バイト終わりで腹が減ってたからな」
「それならラーメンとかでもよかったんじゃないか」
「飯なら食った。小腹というか、糖分が必要だったんだ」
糖分という言葉を聞き、虫みたいだなと思った。肉体労働の後だからかと思い直し、その言葉をパスタとともに飲み込んだ。
「小坂とはどうだ?」
「普通だよ」
「普通ってなんだよ」
タダで飯が食えるかと思っていたが、やはりそうはいかないようだ。次郎はたびたび僕と菜緒の状況を知ろうとする。
「普通は普通だ。お医者さんから『木下さん、今朝の具合はいかがでしたか?』って聞かれたらどう答えるよ?」
「『いつも通りです』って答えるな」
パスタをチュルっと啜ると最後の一本がぐにゃんと上下に弾んだ。
「だろ? 僕も同じだ」
「いや違うだろ。恋人と今日の健康状態は比べ物にならないだろって」
人生で今までで一度も恋人ができてないとこんな偏屈な考えになってしまうものか。世界中を震わせている新型のウイルスよりもタチの悪い病なのかもしれない。
「エアコンの設定温度で揉めた」
ボソッと呟くと、次郎の顔がパッと明るくなるのがわかった。スポットライトを浴びているわけでもないのに。
「あるじゃないか! うんうん、そうだよな。女の子っていうのは寒がりだからな。どうせあれだろ。高瀬がバカみたいにエアコンの温度を下げすぎたんだろ」
「僕じゃないって。菜緒が下げてきたんだ。しかも、『二度も』だ」
ピースサインのように手の指を二本立て、言葉も強調した。
「なんだお前男のくせに寒がりか。もっと筋肉つけなきゃダメだろ」
が、どうやらその労苦は空しく、次郎には伝わらなかったようだ。
「そういう問題じゃない。節電に取り組んでいるのに二度も温度を下げるとは財布にも環境にも悪いのがわからないか」
「みみっちい男だな、お前は」
菜緒と全く同じ言葉を言った次郎は、アイスカフェオレの残った氷をバリバリと食べ始めた。
「菜緒にも同じこと言われた」
「はあ。どうしてこんなみみっちい男にあんなかわいい彼女がいて俺にはいないのか」
「そもそも女に話しかけられない奴が彼女なんてできるはずがないだろ」
「そんなことはない」
次郎の声は自信に満ちていた。僕はおやっと首を傾げると彼はいたって真面目な顔をした。
「今日の現場で家主の奥さんに話しかけたさ。『このお荷物どちらに置きましょうか?』って。そしたら奥さん、『それは寝室にお願いします』って言われて持って行ったわけよ。荷物を置いて玄関へと戻ると奥さんが『ありがとうございます』って言ってきたんだ。どうだ、まともなコミュニケーションが取れているだろ」
これで笑顔でも見せていればジョークだと思えるのに、次郎の顔はテスト中かのように真面目なのだから救いようがない。
僕は「ああ、そうだなと」言うしかなく、どうしたらこの話題から逸れることができるのか考え始めた。